甘い報酬


「え、お華さんかぶき町出身じゃないんですか?」


それはよく晴れたお昼のこと。ピークも過ぎて2人でお茶を飲んで一休みしていた時だった。熱々のお茶が入った湯呑みを持ちながらお華が切り出した話題は、旦那の墓参りをしに故郷へ4日ほど帰るという話だった。


「そうなのよ。旦那とは元々子供の頃からの付き合いでね。結婚を期にこっちへ店を開きに越してきたのよ。」

「わー!素敵ですね、そういうの!」

「ふふっ。ただの腐れ縁よ。…でね、もうすぐ旦那の命日だし、墓参りに行こうと思って。此処からはちょっと遠くて日帰りっていうものなんだから…いつもこの時期はお店も休業してるんだけど.…、」

「なるほど…。あ、私の事は気にせずゆっくりしてきて下さい!1人でも大丈夫ですから。」


心配そうに言葉を濁すお華に千春はにこりと笑う。未成年の子供でもないし、1人で留守番ぐらいはできるつもりだ。仮にこの世界に来て初めて1人で過ごす夜になろうとも。

そんな千春の言葉を聞いてもお華の顔は晴れない。お華からしてみれば千春は既に娘同然のような存在であったし、時々見る千春の不安げな表情から千春の不安定な感情は一緒に住む彼女が一番感じ取っていた。


「でもねぇ〜。最近ここら辺も物騒だしねぇ」

「大丈夫ですよー。戸締りもちゃんとやります。」

「でも…、」

「おーーい。銀さんが団子食いに来たぞー」


渋い顔で言葉を紡ぐお華の言葉を遮るように店先から銀時の声が響いた。慌て席を立ち店に顔を出す千春の後ろで、お華があら名案と言わんばかりににんまりと微笑んだ。そういえば、万事屋という便利な男が顔見知りでいるではないか。


「いらっしゃいませ、銀さん。いつものでいいですか?」

「おー。頼んまァ」


いつもの定位置にどかりと腰掛け足を組む姿は千春がこの世界に来てすっかり見慣れてしまった光景だ。くすりと微笑みいつもの銀時の注文を通すべく振り向いた千春はびくりと肩を震わし固まった。

いつの間にかすぐ後ろで両手に大量の団子が乗った皿を持ったお華がニコニコと微笑み立っていた。千春が声をかける前にお華は銀時の座る長椅子に団子を運ぶ。早すぎる到着に銀時も驚き口を開きかけたが、更にそれを遮るようにお華が言葉を発した。


「銀さん。随分とツケが溜まってるの覚えてるかしら。」

「…え?」

「ほらぁ?こんなご時世だしいつまでも甘い顔してられないじゃない?甘味処だけに。」

「おいババア何も上手くねーんだよ。何が甘味処だけにだよ。つーか甘味処なら寧ろ甘い顔して良くね??銀さん金持ってないからね?こちとら3日間3食卵かけご飯だからね??」

「銀さんそれ全然威張れないですよ…」


しかし堂々とお金がない発言をしながら団子を食べに来るとは如何なものだろうか。千春は苦笑して事の成り行きを見守ることにする。お華がツケの清算を迫るのは初めて見た。


「それでね。銀さんのツケ、半分にまけてあげてもいいわよ。」

「いやだから払えねぇーつってんだろ……え?」

「それと、これ。残りの報酬代わりね。」

「マジでか」


甘いもの好きの銀時にしてみれば、ツケが半分になり甘いものがタダで大量に貰えるのなら魅力的な話である。まあ札束であればもっと喜んでいたのは間違いないが。
ぽかん、と呆けた顔でお華を見上げると、お華はニコニコと笑っている。…もしかして、とんでもない依頼だったり?悲しきかな、銀時の周りには無茶振りする女が多数存在する。それ故にヒヤリと肝が冷える。そんな銀時の不安を消すように、お華が提案する依頼は至極簡単なものだった。



「暫く千春ちゃんのこと預かってくれないかしら。」

「……え!?」



一番驚いたのは、成り行きを見守っていた本人である。

Azalea