家族みたいな他人たち


万事屋での生活は、意外にも居心地の良いものだった。銀時のスクーターに乗せてもらい買い物をして、新八と一緒にご飯の用意をして、神楽と定春と(初対面で頭から噛みつかれそうになった所を間一髪銀時に助けられた。)遊んだり。1つの家の中に他人同士が集まっているというのに、まるで家族のようだと、ほんの少しセンチメンタルな気持ちになるくらいには、穏やかな時間の流れだ。

ゆったりとした時間の流れを感じながら、今は食後の一服にと千春が持ってきたお団子と、一緒に熱いお茶が新八によって用意される。何というか、白い割烹着がこんなにも似合う年頃の男の子も珍しいだろうに。千春はふぅふぅと熱を冷ましながら有り難くお茶を頂いた。


「新八くん、凄く手馴れてたね。家でも料理とかしてるの?」

「はい。うち姉と二人暮らしなんですけど、何ていうか…料理できないと死活問題というか…」

「姉御の料理は料理というより世界兵器ネ。どんな奴でもイチコロヨ。」

「そーそー。あんなもん食った日にゃ三途の川どころか果てしない海まで越えちまうわ。」

「ちょっと、人の姉の事悪くいうのやめてもらえません?千春さん、違うんですよ。姉上の料理は何かちょっと全体的に色が黒くて、何かちょっと全体的に苦くて辛くて酸っぱくて、何かちょっと今までしてきた行いが脳裏を掠めるぐらいなんです!」

「うーーん…。新八くんが一番すごい事言ってるような?」


要するに、新八の姉が作る料理が何かちょっと想像もつかないほどとんでもないモノ、という事が千春の頭にインプットされた。不器用な姉に変わって新八が家事をするようになり手馴れていったのだろうか。まだ若い彼が姉と二人暮らしという事は、あまり深く聞かない方がいいのかもしれない。

神楽と新八と銀時と。
他人同士が一緒に住む(厳密には新八は通っている立場だが)というのは、もっと難しいことのような気もする。それでも3人はまるで本物の家族のようで、不思議なものだと千春は思う。そして同時に自分の家族も思い出し、羨ましくもなった。自分は一体、この世界で何をしているのだろうと。


「新八の話なんてどうでもいいアル!千春、一緒にお風呂入ろ?銀ちゃん、バスクリリン入れてヨロシ?」

「しゃーねーな。蓋一杯分だけだぞ。また前みたいに一本丸々入れたら二度と買わねぇーからな」

「ひゃっほー!千春、早く早く!」

「わ、神楽ちゃん待って!着替えとか持っていかないと!」


口いっぱいに団子を放り込んだ神楽が勢いよく立ち上がり、銀時に入浴剤の許可を貰う。会話から察するに、以前入浴剤に纏わる大惨事があった事は安易に想像ができた。
それでも許可が下りた神楽は文字通り飛び跳ね千春の腕を引っ張った。そんな様子の神楽に千春は慌てて持っていた湯呑みを机に置き、自分の荷物から着替えを引っ張り出す。

普段は1人で入るのが当たり前なだけに、何だか少し楽しそうな気もする。明るく賑やかな彼女といるのは、暗い気持ちになる暇もなくなるので随分と楽だった。


「それじゃあ、僕もそろそろ帰りますね。千春さん、また明日。」

「あ、うん。色々ありがとう。じゃあね、新八くん。また明日。」

「あー、ぱっつぁん明日来るときいちご牛乳買ってきてくんね?」

「人をパシリにするのもいい加減にして下さいよ!いちご牛乳は明日の夕方セールの時まで我慢して下さい!!」


厳しいのか甘いのかよく分からない台詞を残し、新八がピシャリと扉を閉めて万事屋を後にする。まるでお母さんみたいだと笑っていると、神楽から不審な眼差しを受けた。千春は誤魔化すように神楽の背中を押してお風呂場に促した。新八がお母さんなら、お父さんは銀時だうろか。そんな事を思うと、やはり口元の緩みは引き締まる事ができなかったが、幸いにも二度目は誰にも見られずに済んだようだった。



*****


「神楽ちゃん、髪乾かさないと風邪ひいちゃうよ。」


お風呂上がり、濡れた髪のままテレビを見入る神楽は昔の自分を見ているようだった。昔よく言われた母親の台詞をはく自分に苦笑して、千春は神楽の細い髪を手に取った。羨ましいくらい直毛で、普段お団子にしている印象より少し幼く見える。


「ドライヤーつけるよ?」

「えーーテレビの音が聞こえないヨ。」

「じゃあタオルでね。」


テレビから目線を外さないままで抗議の言葉を聞かされれば、無理に邪魔をするのも申し訳なく思う。集中している彼女の邪魔をしないよう、丁寧にタオルで水気を拭っていく。人の世話をするのは、少し気分がいい。
お華や銀時の世話になっているという意識がいつも何処かにあって、自分が誰かの為に何かをするのはそんな不安定な気持ちを間際らせる気がした。

黙々と髪を乾かす作業は、交代でお風呂に入った銀時が出てきた所で終わりを遂げる。「神楽ァ。自分の髪ぐらい自分で乾かせっての」タオルを持ち神楽の後ろに座る千春を見て銀時が眉間に皺を寄せて言った。

それから今度は銀時が自分のタオルで乱暴に千春の頭を撫で回した。そこで漸く自分が人のことを言えない立場であると気づく。濡れた髪は湯冷めするには十分だった。ガシガシと乱暴な手付きなのに、どこか優しさを感じるその行為に体の寒気とは逆に心がほっこりと温まった。


「銀さん、私自分でやりますから…!」

「あー、そう。そいつァ頼もしいね。まあ別に?お前になんかあったら、銀さんがババアにヤられるだけだし?」

「ご、ごめんなさい…」


冷えた肩に銀時の大きな手が添えられてびくりと震える。湯冷めしているのは、誤魔化す暇もなくバレているようで。銀時からすれば“依頼”で預かっている客人に風邪でもひかれればたまったものじゃないだろう。そう思うと、千春は謝罪以外に何も言えなくなる。

結局、そのままテレビに集中していた神楽が大きな欠伸をするまで、神楽の頭を千春が。千春の頭を銀時が乾かす作業は続いたのだった。


Azalea