夏の空に溺れる

ぱっちり。
今度こそ夢から覚めた千春が第一に感じたのは、身体の怠さだった。ぐぉーと激しい鼾が隣から聞こえ、むくりと体を起こす。妙に熱っぽい気がするのは、夢見が悪かったせいだろうか。


「(なんの、夢だっけ…)」


よく思い出せないのに、ぞっとする恐怖がまだ残ってるのを感じ、自分を抱きしめる様に腕をさする。それから隣で幸せそうに鼾をかきつつも熟睡している神楽を見て、ホッとした安堵感が千春を包んだ。
神楽の向こう側にいたはずの銀時はおらず、前回と同様朝食の匂いが千春の元まで届く。家主を置いて寝坊してしまった自分を恥じ、テキパキと着替えを済まし襖を開けた。目の前には、やはり既視感を覚える暖かな食事たちが並んでいる。1つだけ前回と違うのは、ひょっこり顔を出したのが銀時ではなく新八だったことだ。


「おはようございます、千春さん。」

「し、新八くん!?おはよう。寝坊しちゃって、ごめんなさい!」

「全然そんなことないですよ。僕もついさっき来たところで。まさか銀さんがこんなに早起きして朝食作ってるなんて思いもしなかったんで。」

「銀さんは…?」

「定春の朝の散歩です。本当は神楽ちゃんが行く約束なんですけどね…」


結局銀さんが殆ど散歩に行ってますよ。そう苦笑する新八は、やはり母親の様である。すっかり関係性が出来上がっている万事屋一家に微笑ましく思い、夢の内容が千春の脳内を横切った。そう、家族が出てくる懐かしい夢だった様な気がするのに。どうして不安な気持ちが心を占めるのだろうか。


「さ、もう少しで銀さんも帰ってくるでしょうし、神楽ちゃん起こして朝ご飯にしませんか?」


そう提案する新八に、千春は笑顔で頷く。ただ見た夢が悪かっただけ。ただそれだけの話なのだ。視界の端に神楽を起こそうとする新八が寝起きの神楽に投げ飛ばされるのを見ながら、千春はふぅ、と熱い溜息を溢した。




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「千春ー。一緒に公園行こーヨ」

そんな神楽の呼びかけに断る理由もなく。からりと晴れた空の下、千春は神楽と定春と共に近くの公園へと遊びに来ていた。ミーンミーンと遠くで蝉は鳴き、遊びまわる子供達も麦わら帽子を被り熱中対策をしている。


「定春ー!それ雌犬じゃないヨ!雌猫ヨ!!乗っかっちゃダメアル!!」


ぼんやりとブランコに乗りながら、神楽と定春が走り回るのを眺める。そうしてる間にも、じりじりとした暑さが千春のうなじを攻めた。熱いからと髪を束ねるのも考えものかもしれない。張り付いた前髪を拭い空を見上げると、燦々と輝く太陽が身にしみた。

夏の暑さのせいだろうか。朝から感じていた身体の重みが、ずっしりと増していく感じがする。「おーい!」神楽の声が、遠くに木霊している。ちらりと視線を向けると、楽しそうに笑いながら走る彼女が、手にクワガタのような物を持って走り寄ってきているのが見えた。


「……あ、ヤバイかも」


そんな彼女が三重にも四重にも見えるものだから、漸く自分の体の変化を自覚した千春は最後にそう呟いた。ぐらりと傾いた視界に、驚いた表情の神楽の顔が見える。    どうか神楽が気に病みませんように、と。暗い意識の底へと落ちながら誰に祈るでもなく願った。


Azalea