約束だね


次に目が覚めたとき、真っ先に目に映ったのは泣きそうな顔をした神楽だった。まだ薄っすら熱に浮かされた頭でも、その表情が意味する事を千春は理解できた。倒れる直前に自分が心配していた事だ。きゅっと唇を結ぶ神楽がまるで小さな子供のようで、労わるようにそっと白く柔らかい神楽の頬を撫でた。ぴくりと、小さな肩が揺れる。


「神楽ちゃん、ごめんね」

「なんで千春が謝るネ!私があの時誘わなかったら、ちゃんと髪の毛乾かしてたら、」


後の祭りだと、神楽自身分かっていた。けれど後悔の念を口に出さねば気が済まなかった。ただの風邪だと、銀時や新八が言っても、それを理解していても。
目の前で力なく地面に倒れるその姿を見たとき、このまま消えてしまうのではないかと、側に駆け寄る前にゾッと背筋が凍ったあの感覚を、神楽は忘れずにいた。

そんな神楽の思考までは読み取れなくても、自分のせいで気を落としていることは明白で、千春は困ったように笑う。


「ううん。自分の体調管理を怠った私の責任だよ。神楽ちゃんと遊べて、浮かれちゃったみたい。」


だから、ごめんね。
もう一度謝罪の言葉を口にする千春に、神楽が少し怒った顔をする。「そんなの、いつでも遊んでやるネ」ぎゅぅ、と少し痛いくらいに手を握られ、思った以上に心配をかけてしまったのだと罪悪感が千春の心に募った。

目の前で人が倒れれば、誰だって不安になるだろう。それが知っている人ならば尚更だ。まだ晴れない顔の彼女をどうにか笑顔にしたく、千春は少し怠い体を無理矢理起こし目線を神楽に合わせる。


「じゃあ、治ったらまた遊んでくれる?今度はちゃんと体調ばっちりに整えておくから」

「当然ヨ!それじゃあ、今度は私が千春の髪の毛乾かしてあげるネ!!」


約束だね、と笑うと「絶対ヨ!!」と力強い返事が返ってくる。素直で明るい神楽を妹のように可愛がりたいと、千春は思う。まだ出会って日も浅いのに、ここの人達は随分とフレンドリーに接して来てくれるものだから、つい千春もその存在に甘えてしまうのだ。

いつか帰らなければ、と。帰りたいと思っているはずなのに、ふとこのままここで生きていくのかと、何の抵抗もなく思う時があった。この世界にいる自分に違和感を覚えながら、この世界に馴染みたいと思う自分がいることに気づかないふりをしていた。それくらいには、ここで出会った人々に離れがたい情ができてしまった。


「千春、早く良くなってネ」


無垢に笑う彼女との「約束」は、果たして安易にして良かったものなのか。正解など分からないから、誤魔化すように千春は笑った。

Azalea