赤い傘と狂気が一つ


千春はスーパーに行くのに随分と遠回りをしながら、銀時が行きそうな場所に寄り道を繰り返した。
「向日葵」の次に行きつけの甘味処、パチンコ、駄菓子屋にコンビニ。思いつくまま足を進めては行くが、中々銀時と出会わない。もしかしてすれ違いになってしまったのかもしれない。

諦めてこのまま当初の予定通り、スーパーに行こうかと溜息をついた時だった。いつの間にか町の外れに来てしまったようで、少しだけ賑やかな歌舞伎町の音が離れて聞こえる。そこで千春は足を止めた。


(……ここは、)


あの日、酷く雨が降り注いでいた日。
鮮やかな赤い血が雨に溶けて海のように広がっていた。その中に一人佇む、気怠気な雰囲気を纏った男。

   高杉晋助と出会った場所に、いつの間にか辿り着いていた。
あの時感じた空気を思い出すだけで、ゾッと背筋が凍る程この場所は近寄りがたい所だ。

しかし気にしないようにと意識すればするほど、自分の目は意志に逆らいその場をじっと見つめてしまっていた。薄暗い路地裏の中までは此処からでは伺えない。じっとりとした夏の暑さが、千春のうなじを攻めた。


「(…そういえば…)」


あの日、自分が落とした傘はどうなっただろう。それどころでは無かったし、取りに戻る勇気もなく今の今まで考えないようにしていた。赤い色の番傘は、初月給で千春が買ったものだ。そこらで大量に市販されてるものなのでそれだけで千春だと判断されることはないだろうけど。それでも、


「……、」


じりっ、と無意識に足が路地裏へと向かう。何故だか、呼ばれたような気がしたのだ。あの高杉と名乗った男と会った場所に。沢山の人の死体が転がっていた事件現場に。

ごくりと生唾を飲み込み、千春は恐る恐ると小さな一歩を繰り返した。路地裏の中は影で涼しいというのに、千春の背中に一筋の汗が滑った。ピンッと張り詰めたような緊張感が辺りを包み込んでいる。
そうやってやっとの思いでたどり着いたその場所に、千春の目は大きく見開かれた。


「なん、で……」


そこにはポツンと千春の赤い傘が置かれていたのだ。
あの日から数週間は過ぎているし、そもそも警察が来ていたのだから千春の傘が未だにそこにあるのは可笑しい。死体と共にあったはずの赤黒い血でさえ今は綺麗さっぱり消えているのだ。

可能性として、誰かが一度千春の傘を隠し警察が去ってから再び置かれたように考えられる。まるで、まるで誰かが  



「お久しぶりです、千春さん」



誰かが千春が来るのを待っていたように。


Azalea