笑う悪魔


力の抜けた千春を愛おしそうに抱きしめ直し、千鳥は穏やかな笑みを浮かべる。銀時の存在など、最早千鳥にはどうでも良かった。自分の腕の中に居ながら銀時に助けを求めたのは少々不快だったが、それでも今この腕の中にいるのなら、それでよかった。

だから凄まじい勢いで自分を貫こうとする木刀など、千鳥にとってはなんて事ないのだ。するりと身を躱し、懐に仕舞っていた拳銃を取り出し、躊躇うことなく標準を銀色に合わせ撃ち抜いた。かわされるだろうとは予想していたので、その隙に更に間合いを開け着地した足元に向けてもう一発を撃ち放つ。

接近戦なら刃物は強いが、距離を取れば銃の方が強い。撃ち込んだ弾は掠めただけに終わるも、これも想定内だ。ふらついた体に迷う事なく銃弾を数発撃ち込む。


   これだから侍は愚かで面白い。


この世の中、武器は更なる発展を見せている。だというのにら侍は馬鹿の一つ覚えのように刀を振り回していた。千鳥にとって、それは愚かでとても興味深い事だった。
くるりと手元で銃を弄び、体から血を流す銀時を見つめた。どうやら心臓には当たらなかったらしい。ぜぇぜぇと肩で息をしながら、それでも立ち上がろうとする侍に拍手を送りたい気分だ。


「普通は、痛みやショックで気絶するんですがね。やはり随分と戦い慣れていらっしゃる。」

「あん?痛みどころかマッサージにもなりゃしねーよ。気絶させんのが趣味ですか?変態ヤローがよォ」


ダラダラと赤い血を流し続けるわりには、まだそんな軽口を叩ける元気があるようだ。しかしそんな挑発に乗るほど千鳥もマヌケではない。何より、勝ち目は既に付いているのだ。
銃を仕舞い笑みを絶やさない千鳥に、銀時が不審に思った時だった。突然ガクリと膝が折れ、木刀で支えなければ頭から地面に伏せる所だった。それさえも、ありったけの力を込めなければ支えきれないような。凄まじい疲労感が突如として銀時を襲った。


「……っ、あ゛!?」

「失礼。毒入りの銃弾なんです。まあ、そんなに強力なものではありませんが。」


千鳥の撃ち放った銃は、少量の毒が塗り込まれた銃弾だった。弾の一つ一つにはそれ程効果が無くとも、既に何発かそれを受けてしまった銀時には、それ相応の毒が体に回っていた。自分を睨み上げる銀時が面白くて、千鳥は思わず声を上げて笑った。今日は、実にいい日だ。


「白夜叉。貴方には何も守れなどしないんですよ。」

「…っ、てめ、」


反論しようとして、銀時の体は遂に力の抜けた人形になった。薄くなる視界に、千鳥の足が遠ざかっていくのが見える。
脳裏に、自分に手を伸ばす千春の姿が浮かんだ。泣かない奴だと思っていた。何を聞いても笑って誤魔化す、頑固な女だと思っていた。そんな千春が、自分に初めて助けを求めたというのに。呆気なく、今地面に伏せっている。そんな自分が腹立たしくて仕方がない。


「クッソ…!!」


苛立ちに任せ怒声を吐くと、一緒に血塊まで飛び出してくる。怪我なんて慣れっこだ。痛さはあるが、こんな風に倒れるほどじゃない。なのに、毒はそんな自分を嘲笑うように体の力を奪い取っていく。いよいよ霞み始めた銀時の視界に、誰かの足が映る。千鳥ではない。


「良い様だなァ、銀時ィ」


名前を呼ぶ声に反応して、反射的に目線だけ見上げる。「っげ、」と殆ど無意識に声が漏れた。どうせなら今一番会いたくない、かつての仲間が愉快そうに自分を見下ろしていたからだ。

Azalea