路地裏の会話

「良い様だなァ、銀時ィ」

口元に弧を描いて高杉は銀時を見下ろしていた。げ、と僅かに開いた銀時の口からひゅーひゅーとか細い息が漏れるのを見て、高杉はますます可笑しくなって笑う。そんなか弱い奴じゃ、ないだろうに。


「オメェーがくたばるのは、此処じゃねぇだろうよ」


そう言って高杉は懐からカプセル式の薬を取り出し、無理矢理銀時の口に突っ込んだ。「飲め。」勿論、水なんて都合のいいものはない。銀時は喉を通る不快感にグッと吐きそうになる。これならまだ某黒の組織の方が水をくれるだけ優しいじゃねーか、と場違いな疑問が銀時の脳裏を掠めた。思わず下から睨み上げるも、到底相手には響いていなさそうだ。


「ゲホッ、ぐっ、…まずっ!?」

「味なんかするかよ」

「いーや、するね。美女の口移しならともかく、男に指突っ込まれて投薬されるなんて悪夢にも程があるわ」

「斬られてぇのかお前は」


赤と白のカプセル型のいかにも、な薬は即効性なのか、飲み込んだ数秒後には不思議と苦しさが和らいでいく。銀時はどうやら自分は高杉に助けられたらしいと理解した。
一方高杉も、呼吸を落ち着き始める銀時を冷静な眼差しで見下ろしていた。先ほどまでの虫の息は何処へやら、憎まれ口を叩く程には回復したらしい。かつての仲間は相変わらずの人間離れした強さだった。

それでもまだ立ち上がるほどではないのか、震える手をついて上半身を上げた銀時は、ぎこちなく地面を這い壁にもたれかかった。全く。毎度の事ながら、死ぬかと思った。どうせ死ぬのなら毒殺は勘弁願いたい所だ。一応、侍としては。


「……で、どういう風の吹き回しだ?オメェーがわざわざ解毒剤をくれるなんてよ」

「なに、あの武器は俺が奴にやったモンだからな。効果の程を見たかっただけさ。」


ピクリと、銀時の眉が動く。
そういえば千鳥は自分の事を白夜叉、と言った。まあ目立つ髪色や行動もしているので、知っている人は知っているだろうとは思ってはいるが。千鳥のそれは、まるで"あの頃"の自分を知っている様な口ぶりだった。


    白夜叉、貴方には何も守れなどしないのですよ。


自分に落とされたその言葉を思い出し、イライラと怒りが蘇ってくる。自分の何を知ってると言うのか。あの他人を馬鹿にしたように見下す目を思い出し、無意識に力を込めて手に持つ木刀がミシッと小さく音を立てた。


「へぇ?それで、効果は抜群ってか?」

「まあ、即効性がない分改良の余地有りだな。」

「冷静に分析してんじゃねーよ。腹立つなコノヤロー。また随分とメンヘラなお友達でも作りやがって」


国を壊すなどと言う男だ。これまでも危険人物を懐に入れているのを何度も見た。今更高杉が手を組むやつが生易しい相手ではない事ぐらい、銀時はその身をもって嫌という程理解させられている。
千春に執着しているようだが、ただのストーカーにしては悪質だ。これならばまだどこかのゴリラの方がマシに見えてしまうのだから不思議である。


「そんなんじゃねぇよ。」


律儀に銀時の言葉を否定し、高杉はお馴染みの煙管に火をつける。ふーっと吐き出された煙はゆっくりと空を舞い、少し煙たい匂いが銀時の鼻を擽る。


「奴ァ、生きる屍だ」

「はあ?」

「俺たちが天人相手に刀振り回してた時、奴ァ幕府に一族もろとも殺されたのさ。酷ぇ話じゃねぇか。他の天人にゃあペコペコ頭下げてた連中が、その力が危険すぎるが故に、何にも知らねぇ奴らだけに一族の抹消を命じたんだからよ。」


そこに含まれているのは、決して同情なんかではないだろう。あの頃は戦争だった。誰が誰をどんな理由で殺したかなど、恨みを上げればキリがなかったのだ。
弱者は容赦なく切り捨てられたし、力がある者でさえ権力という実態のない大きな存在には勝てなかったのだ。


「はっ。そんで、幕府を恨む者同士意気投合でもしたのか?」


今更あの頃の幕府が何をしでかしたのかなんて興味はない。それで千鳥が誰を恨もうが、銀時には頗るどうでもいい事だ。ただ、あの人を見下すあの目だけは、どうにも気に入らない。


「ふん。相変わらずの減らず口だなァ。……まあ、面白いもんを見たからな。アレがどうするのか、興味が湧いただけさ」


高杉とて別に千鳥の復讐に手を貸すつもりはない。自分と利益があるなら兎も角、千鳥と自分が見ている方向は恐らく別々の道だ。周りくねったその先で、幕府を壊すという目的が一致したのなら、然るべき時を以ってまた出会うだろう。

お天道様を避ける人間というのは、何処かしらで縁が生まれるらしい。高杉と千鳥が出会ったのも、偶然とも必然とも言えぬ導きだった。そうした縁に派生して、高杉と千春が出会ったのも、また何かの運命だったのかもしれない。

自分を見返す強い純粋な光を灯す瞳を思い出し、ククッと喉の奥で笑った。あの瞳が、千鳥の闇にどう向き合うのか。歪んだ好奇心だけが高杉の行動を促している。


「奴なら恐らくターミナル近くのホテルにいてるぜ。眠り姫が暴れてなきゃァ、今頃はまだ"此処"にいてるだろうよ」


そう捨て台詞を吐いて、高杉は銀時に背を向ける。路地裏とはいえ銃声が何発も響いていたのだ。そろそろ警察が向かっていても不思議ではない。ましてや此処は、以前自分が浪士達を殺した殺人現場でもあるのだから。


「…気障ったらしい奴」


離れていく高杉の背中についた悪態は、恐らく届いていないだろう。ふらふらと揺れる体を何とか起こし、倒れそうになる身体を踏ん張って耐える。自分とて早く此処を離れなければならない。警察がこればまたややこしい事になるのは目に見えている。


「眠り姫、ねぇ…」


千春が眠り姫なら、さしずめ自分は眠りを覚ます王子様か?なんて、柄にもなさすぎて考えるのをやめた。

Azalea