目標を定める

千春がこの世界に来て幸運なことがあった。それは最初に出会えたのがこの坂田銀時という男ということ。万事屋を営んでる彼はとても顔が広かった。憎まれないキャラなのか彼に声をかける人は少なくない。たまに「銀さん早くツケ払わねぇといい加減身包み剥がすぞゴラァアアア!!」…なんて物騒な声かけもあるのだが、当の本人はどこ吹く風と聞き流している。いや、実際には冷や汗ダラダラなのだが。少なくとも千春にはそう見えた。

そしてもう一つは、あっさりと仕事場と住居が決まった事だ。それも銀時のおかげだった。甘味処『向日葵』は小さな団子屋で、1年前旦那が死んでから女手一つで店を守ってきたそうだ。しかし最近は歳のせいか一人で切り盛りするのは大変だ。ついでに物騒だから一人暮らしも怖い。そんな店主の言葉を銀時は覚えていたのだった。


「嬉しいねぇ。こんな可愛い子が私とル、ルーズシェイクしてくれるなんて!」

「ルームシェアな。おいババア無理矢理横文字使うなって。もはや意味分かんねーよ」

「よ、よろしくお願いします…!」


ふふふと笑う店主はお華と名乗った。名の通り、笑うと花のように可愛らしく若い頃はモテモテだったのよ!が彼女の口癖でもあった。お華は目尻の皺を濃くさせ千春の手を包み込むように取った。柔らかく暖かいそれに、不覚にも泣きそうになるのをグッと堪える。


「お店の事はゆっくり覚えていってくれたらいいからね。うちには子供がいないし旦那も私を置いていくし、家が広くて寂しかったのよ。ねぇ、たまには私の相手もしてくれるかしら?」

「は、はい!もちろんです!!」


ニコニコと笑うお華につられて千春も笑う。どうしようもないこの状態だけれど、今がなければこんなに素敵な人に会う事は無かったかもしれない。頭の中を駆け巡る不安を無理矢理押し込んで、千春はすうっと深呼吸をした。自分がいた所と変わらない、同じ空気だ。こちらに来たのなら、きっともう一度あちらに帰れる事だってできるはずだ。泣くのはまだ先でいい。この優しすぎる二人にせめてもの恩返しをしよう。そして、必ず元の世界に帰ろう。銀時にじっと見られてる事に気付かず、千春はそう心を固めた。

Azalea