イケメンに気をつけろ


その日。
佐藤千春は目の前で起こる光景が目から離れず、三日間悪夢に魘される事になった。



***



「いらっしゃいませ!」


いつもの様に笑顔で客を迎え団子を売っていた千春は、初めて銀時以外の洋服を見た。テレビで何度か洋服を着ている人も見たが、街行く人は殆どが着物を着ている。銀時の洋と和を合わせた様な服装でさえ中々お目にかかることはなかったのだが、目の前にいる若者はきっちりとした正真正銘の洋服だった。


「ご注文はお決まりですか?」

「このみたらし団子と、そっちのきな粉餅下せェ。」

「かしこまりました。」


注文をお華に伝えながら、千春はじっと客の様子を伺った。全身黒い洋服に、腰には刀を提げている。銀時から聞いた話によれば、この世界は廃刀令と言うものがあるらしく刀を持ち歩く人は大分限られているそうだった。銀時の様に木刀を持ち歩く人も珍しいくらいの街中で、堂々と刀を所持しているこの男。多分、聞いた話と推測が合っているのならば   


「……真選組の方ですか?」

「はー?見りゃ分かんだろィ。攘夷浪士に見えやすかィ」

「…すみません」


この田舎物が!そんな言葉がピッタリ合いそうな顔つきを隠そうともせず栗色の髪をした男は千春を見た。随分と若い様に見えるこの男は言葉通り警察なのだろう。それにしても若く見えすぎる気もするのだが。千春は厄介な人に話しかけてしまったかもしれない、とこっそりため息を零した。


「そっちは見ねぇ顔だねィ。てっきり死にかけのババアが一人でやってるもんだと思ってたんですがね」

「誰が死にかけのババアだよ!!沖田くん、あんたまたサボりかい。土方さんに言いつけてもいいんだよ!」

「上等だババア。土方如き返り討ちにしてやらァ」


突然の暴言に目を丸くしたまま固める千春の後ろで、耳聡く聞き取ったお華が鬼の形相で怒鳴った。それでも沖田と呼ばれた男はさっきから表情一つ変えない。黙っていればイケメンだろうに、出てくる言葉は実に乱暴である。

千春は一応ペコリと沖田に頭を下げて一旦その場を離れた。あのまま側にいるのは危険だと、本能が告げたからだ。幸いな事に店内に他の客はおらず沖田が黙ればただの静寂と、賑やかな街の声だけが届くのみだ。
沖田が自分の携帯を弄っているのを確認してから、千春はひそひそとなるべく声を潜めてお華に問いかける。

「お華さん、あの方は…?」

「ああ、真選組の沖田総悟くんさね。腕前は確かなんだけど性格に難有りだね。彼氏にするのは良くても旦那には向かないよ。」

「いや、なんの話ですか。」

「あの子、よくここにサボりにくるんだよ。店内で食べてく事もあるけど、お土産に買っていく事もあるかね。まあ大体は嫌がらせの為なんだけどね。」

「嫌がらせ?」


お華の言葉にこてりと首を傾げ、のんびり携帯を触りながら団子を待つ沖田を盗み見した。とても仕事中とは思えないくつろぎかたである。すこし幼さが残るものの、にこりと笑えば大抵の女の子は彼に惚れてしまいそうだな、とどこか他人事の様に思った。


「はい。これ持って行っておくれ」

「あ、はい!」


甘味処『向日葵』は、基本的にはお持ち帰り専用のお店だ。それと長椅子が二つ置いており、たまに店内で食べる客がいる。店内で食べる時に限りサービスの熱いお茶と、できるだけ出来立ての団子が振舞われた。沖田が座るその椅子は、よく銀時が寝そべっている所でもある。怠そうなその目を思い出して、千春はつい笑みを零した。


「何笑ってんでィ。」

「あ、ごめんなさい。…お待たせしました。みたらし団子ときな粉餅です。」


いつの間にか携帯から目を離していた沖田に突っ込まれ、慌てて団子を運んだ。何を考えているのか分からない無表情にまん丸い目に見つめられ、千春の心臓はドキドキと音を立てる。決して、トキメキからでは無い。


「…アンタいつからここに?」

「ちょっと前です。知人の紹介で。」

「ふうん?」


自分から聞いておいて興味なさ気に呟く沖田にムッとするものの、余計な事は言わないでおこうと口を噤む。何故だろうか、この何かを探られている様な気がするのは。彼は若く見えても警察だ。身元を証明しろと言われても千春にはそんな物は一つだって持っていない。その後ろめたさが、彼に伝わってしまったのだろうかー。


「新入りだから知らねぇかもしれないが、ここら辺は指名手配者の目撃現場の近くだ。気ィつけなせぇ。」

「え?」

「あんた、ドンくさそうだからねィ。」


飄々とした態度でそう言うのは、千春を一市民として心配しているからなのか、それとも千春を警戒しているのか。感情を出さないその瞳を見ても、何を考えているのか千春にはサッパリ分からなかった。
なんて返していいのか分からず口ごもる千春に、スッと細められた厳しい視線が飛んでくる。


「返事は」

「は、はい!」


鋭く、短く返事を問われ思わず背筋を伸ばす。千春の返事に満足したのか、沖田は2本目の団子を囓ろうとした。その口が串に届く前に、ふっと沖田に自分ではない誰かの影が重なる。え、と千春も視線を沖田から隣に移すと、いつの間にいたのか沖田と同じ黒い洋服を着た男が、それはそれは恐ろしい鬼の形相で立っていた。



「…柄にもない事してんじゃねぇか、総悟。」

Azalea