イケメンにまともな人はいない


「土方さんじゃねぇですかィ。こんな所にサボりに来るなんて隅におけねぇお人だ。」

「どっちがだ!!」


土方と呼ばれた男は煙草を咥えたまま器用に怒鳴った。どうやらサボっていた沖田を連れ戻しに来たらしい。それでも飄々とした態度で残りの団子を齧る沖田。その物怖じしない彼の態度に警察は意外と上下関係が緩いのかもしれない、と間違った情報が千春にインプットされた。


「ひでぇや、土方さん。俺ァ善良なる市民に防犯の警告してただけでさぁ。なあ店員。」

「え?あ、はい。まあ…」


突然話を振られ千春はビクリと肩を揺らした。土方の開ききった瞳孔に自分の顔が映るのが見えて、怖くてさりげなく視線を逸らす。強ち沖田の言い分も間違ってはいない。できれば自分は巻き込んでほしくないのだけど、と千春は小さく頷いた。


「お前が市民の安全に気ィ使うなんて明日は槍が降るんじゃねぇか。」

「その時は土方さんが俺の事を身を挺して守ってくれるんですよね。大事な大事な部下だもの。」

「だもの。じゃねーよ!大事な大事な部下は今頃職務全うしてんだよバカ!」

「バカって言う方がバカなんでさァ。ばーかばーか」

「てンめェ…!!」


突然始まったテンポの良い喧嘩に千春は目をパチクリさせ、口を挟む暇もない。ポカン、と佇む千春の後ろからお華がやれやれ、と呆れた顔で表に出てきた。手にはみたらし団子が一つ。千春と目が合うと「いつもの事さね。」と目の前で繰り広げられる喧嘩に慣れたようにお華は笑った。


「土方さん、沖田くん!ここは私のお店だよ!土方さんはこの団子でも食べて落ち着きな!沖田くんも食べ終わったならお勘定してさっさと仕事にお戻り!これ以上喧嘩するなら警察に言いつけるよ!」

「いや、警察俺たちなんですけど」

「チッ…。まあいいでさァ。次はアイスでも食って屯所に帰りまさァ。」

「いやだから仕事しろよ!!」


そんな土方の叫び虚しく、沖田は(意外にも?)きっちりとお金を置いてヒラヒラと手を振って店を離れた。土方も追いかけるのかと思ったが、お華が好意で出してくれたであろう団子を一瞥して深くため息を落とし、ドサリと椅子に腰掛けた。相変わらず、瞳孔は開きっぱなしである。


「….お茶、いります?」


何となく話しかけるのも怖かったが仮にも警察。仮にもお客。恐る恐る声をかける千春をチラリと見て小さな声で一言。「….ああ。」どうやら喧嘩の対象が消えて少し我に返ったらしい。

そんな土方の態度に満足したのか、お華はまた中へと戻っていった。恐らくすぐに熱いお茶が入れられるに違いない。千春もお華の後に続こうとしたが、

    ぶちゅっぶちゅっ*   

という不可解な音に思わず足を止めた。

振り返った千春の目に映るのは、無表情で大量のマヨネーズを団子にかける土方の姿だった。    絶句である。何処から出したのかとかmそれってマイマヨネーズなの?とか。そもそも団子の味するの?いっそマヨネーズだけ啜れば良いんじゃないの?とか言いたいことは山程あった。あったけど、言葉よりも先に違う何かが出てきそうで千春は咄嗟に口元を抑えその場を全力で離れた。



「(この世界、怖い…!!)」



それはこの世界にきて初めて千春が恐怖を感じた瞬間だった。


Azalea