正しいお金の使い方

千春がこの世界に来た時、彼女は身一つで何も持っていなかった。唯一千春の世界があったことを示すのは、千春が働いていた喫茶店のロゴマークが入ったエプロンだけだ。


幸いなことに仕事も家もすぐに決まり、着物やある程度の生活必需品をお華から貰うことができた。つまり、今まで日常生活で使っていた物は殆どがお華のお下がりだった。


「一ヶ月おつかれさま。また今月もよろしくね。」


そう言ってお華が渡してきたのは一ヶ月分のお給料だった。千春に言わせれば今でも十分恩恵を受けているからお給料なんて無くても当たり前だと思っていた。ぽかん、と固まる千春にお華がクスクスと笑う。


「これで好きな着物でも買っておいで。年頃の若い子がこんなおばさんのお古ばかり着てたら勿体無いよ。」

「そんなことないです!こんな、すごく素敵な着物…。それだけでも申し訳ないのに、私、お給料貰う資格なんて…」

「馬鹿言ってんじゃないよ。アンタはきちんと毎日働いてくれてるじゃないの。タダ働きさせたら私がブラックだなんだ言われちゃうよ。」


冗談めかしにケラケラと笑って無理矢理千春の手のひらにお給料が入った茶封筒をもたせたお華。いつもありがとね、と目尻のシワをいっそう深くさせ笑う彼女にこれ以上突っぱねるのも失礼にあたるだろう。千春は何かを言いかけて、ぎゅっと口を噤んだ。本当に、自分は恵まれている。


「ありがとうございます!私、もっともっとお仕事も家事も頑張りますね!」

「ふふふ。これ以上頑張られたら私がやる事なくなってしまうよ。」


そう言って二人は顔を見合わせて笑った。




***



今日は定休日だし、思う存分買い物しておいで、と笑顔でお華に見送られ千春は大きなデパートへとやってきた。自分のいた世界と錯覚してしまいそうなほど、雰囲気はまるで現代だ。エレベーター等の現代の技術や欧米食も普通にあり、サービスカウンターのお姉さんはよく見る洋服だった。
それでもすれ違う人の9割は着物を着て髷を結い、店頭に並ぶ商品は和風のものが多いのだから、ちぐはぐな世界観に能は混乱しぱなっしだ。


(えー、と着物屋さんは…)


館内の案内図を見ながらお目当の店を探す千春の後ろに、ふっと影が重なる。少しだけ暗くなった視界に振り向くと、見慣れた銀髪の男が立っていた。   坂田銀時だ。



「びっ、びっくりした!」
「おー。久しぶりだな。」
「最近お店に来られないですもんね。もしかして他の店に浮気しちゃいました?」
「金がねぇーんだよ、金がよー。どこの店もツケを先払えって煩くてやんなっちゃうねー、全く」
「…それは銀さんが悪いんじゃ」


甘味処から居酒屋まであちこちでツケを貯めてるらしい銀時に少々ドン引きしてしまう。万事屋を営んでるらしいが、そんなに儲けは良くないのだろう。銀時の働く気のなさを千春は既に感じとっていた。(実際仕事になれば真面目なのだろうが、それに至るまでがとにかく長い。)


「ま、今日は珍しく仕事入ってよ。報酬も思ったより頂いたし今からお前んとこの店でも行こうと思ってたんだけど」
「でも今日お店定休日ですよ?」
「マジでか」


大袈裟にショックを受けた顔で固まる銀時に常連なのに何故知らないのかと疑問に思う。フラフラと自由気儘に生きていそうだし、そもそも気にしてないのかもしれない。今日は団子の気分だったのにーと項垂れる銀時に何て声をかけたものかと悩む。そんな千春の顔を見て、少しだけ青い顔で銀時が顔を上げた。


「つーか千春はこんな処で何してるわけ?俺がせっせと働いてる時に優雅に休みを満喫中ですかコノヤロー。」
「銀さんは毎日休暇中なもんだってお華さんが言ってましたけど。着物を買いに来たんです。お華さんの好意で。」
「ちょっとサラッと毒吐くの止めてくんない?これでも毎日忙しいんですぅー。男はいつだって夢を追いかけるのに必死なんですぅ〜」
「銀さん、お勧めのお店とかあります?私流行りとか疎くって…」
「無視!?」


ツッコミを怠るのがどれ程ボケに苦しみを与えてるのか分かっちゃいねぇ…とか何とかブツブツ文句を言われるがそれも無視して千春はもう一度案内図を見上げる。知ってるブランドものの名前もないし、無難な服屋というものが皆目検討もつかない。


う〜んと唸る千春の後ろから、にゅっと腕が伸びてくる。とん、と長い指が一つの店の名前を突いた。千春のすぐ後ろで、端からみれば後ろから抱きついてるような格好で銀時が立っていた。さっきも思ったが、この男は距離が近い。


「ぎんさ、…!」
「ここら辺が無難じゃね?千春ぐれぇの年頃の女は。」
「あ、ありがとうございます…」


全く気にしていないような銀時からさり気なく距離を取りお礼を述べる。ドキドキと波打つ心臓に必死に落ち着けとサインを送った。パーソナルスペースに堂々と侵入されたのに、不快に思わなかった事も吃驚だった。


「じゃ、じゃあ私はこれで…」
「まーそう急ぐなって。銀さんも一緒に選んでやるよ。そしてお礼にパフェ奢れ」
「いや別に良いですけど…」


この前パフェを奢って貰った時にも似たような約束をしたし、それは全然構わなかった。あっさりと承諾した千春に寧ろ銀時の方が驚いて目を丸くしている。そんな銀時の様子に可笑しくなって、クスクスと笑みが零れた。


「変なの、銀さん。どうして銀さんが驚くんですか。」
「….いいのか?初給料なんだろ?」
「だからこそですよ。このお金は銀さんやお華さんの為に使いたいんです。お二人のお陰で私は命を救われたんですから。」
「大袈裟じゃね?」
「まったく!それより女の買い物に付き合ってもらって良いんですか?」


長いですよ、と付け加えると覚悟は出来てると変に真面目な返答が帰ってきてそれも可笑しくてまた笑った。


Azalea