踏み込まれた世界

大抵の大人は同じことを言うでしょう?今ある辛さや困難なことはその壁を越えてその先に道があるからだって。

無駄なことはないって。

その辛さは貴方のためになるからって。

だけどそれならいっそ、そんな壁を超える前に立ち止まった方がずっとずっと楽。




だって、別に死ぬわけじゃないじゃない?





***

side.真白


車の中で必死に言い訳するルパンの言葉を受け流しながら私は千尋の手をぎゅっと握った。

一応2分先に生まれて姉である千尋は私よりもしっかりしている、と思う。私の方が我儘で気紛れだけど、千尋はいつも優しい。


大人を信用できなくなった時、千尋だけは傍にいてくれた。
千尋だけが世界で一番信用できた。


だから今、急速に近づいてしまった大人が怖い。

ルパンも次元も、五ェ門と呼ばれた男も。どう見ても大人だし、寧ろ大人以前に怪しさ満点だ。


「千尋、」

「大丈夫」


そっと周りには聞こえないように千尋の名前を呼ぶと直ぐに手を握り返してくれる。
それに少しだけ安心してホッと一息ついた。


「(大丈夫、双子だもんね)」


唯一無二の存在で、離れるわけがない。例え離れたとしたって心は同じ。
二人で一つの存在なんだから。


だから、大丈夫。






★★★




車を走らせること数十分。
目的地に着いたらしくエンジンが切られた。


車から出て周りを確認すると、全くと言っていいほど人通りが少ない。少ない、というか寧ろ人がいない。
そんな通りにポツリと佇むぼろいアパートらしき建物。まさかここに入れというのか。


千尋と顔を見合わせていると、当たり前のように3人はその建物へと入って行ってしまった。車の前で立ちすくむ私たちはどうする?と目だけで確認する。

ここまできて今更逃げるのもめんどくさい。けど、有名な大泥棒のアジト?に入ってもいいものか。ぎゅっと寄った眉間の皺に、千尋の指がそっと触れる。



「大丈夫だよ。明日になれば元通りになる」


ふっと口元を緩ませて私を安心させるように千尋が言う。 自分と全く同じ顔なのに、どうしてこんなにも安心するんだろう。

「大丈夫」もう一度繰り返された言葉にこくりと頷いて、入口付近で待っているルパンの元へゆっくりと歩いて行った。


あの集団は何なのか。
ルパンたちが何で私たちを攫ったのか。

それだけ聞いて、帰ろう。


何が待っているのかは分からないけど、これ以上関わっちゃいけない気がする。
ぎゅっと握った手のひらは、いつもより少し冷たかった。





***




ボロボロの外見に反して建物の中は意外にも清潔で殺風景ながらにまとまっていた。というよりも、本当に最小限のものしか置いてないともいう。

ルパンが律儀にレディーファーストと言い軽く頭を下げて私たちを招き入れてくれた。ちょっとうざいな、と思ったのは多分顔に出ていたと思う。


「真白、そんな顔しないの」

「だって」

「こうすればモテるって勘違いする人もいるんだから。モテない人はそういう思いこみが激しいんだから気にしちゃダメよ」

「…気にするな、ルパン」

「……ぐすん」

私と千尋のやり取りに、次元がぽんっとルパンの肩に手を置いた。後ろでもの凄く複雑な顔をした侍もいる。

そんな大人3人を無視して、部屋の真ん中に置いてあるソファに腰かけた。
…意外と座り心地がいい。

改めて部屋を見渡せば、ファンが低い天井の上で廻ってるのが少し洒落た喫茶店みたいだ。
観葉植物が部屋の隅っこに置いてあるぐらいでテレビもないし、あるのは古いソファと年季の入った机に洗い物の溜まったキッチンぐらい。


一人暮らしの部屋なら、結構良いんじゃないだろうか。住みたいとは思わないけど。(むしろおじさん3人でここで暮らしているのかと思うとゾッとする)


「さぁて、それじゃあ改めて自己紹介でもしましょうかねぇ!」


パンっと手を合わせて仕切り直すようにルパンが言う。目線をそっちに向けると、何時の間にか目の前のソファにルパンが座ってた。

その後ろの壁には次元が持たれていて、その少し離れたところで侍が座禅組んでる。(痛くないのだろうか)


「さっきも言ったけど、俺様の名はルパン三世!そして相棒の次元ちゃんにこっちの仏頂面が石川五ェ門だ」

「ま、暫くよろしく頼むぜ」

「うむ。」


ルパンの紹介に肩をすくめる次元に、目を瞑ったまま相槌を打つ侍、もとい五ェ門。
その紹介に、思わず眉間に皺が寄ったのが分かった。


「どういう意味」


暫くよろしくだって?
こっちは今すぐ関わりをなくしたいのに。睨むようにルパンを見れば、彼はスーツの内ポケットから一枚の写真を取り出した。


「実は君たちに協力して貰いたいわけなのよ。…このお爺さんの孫が、君たちだろう?」


スッと机の上に差し出された写真には、間違いなく私たちのお爺ちゃんが映っている。それも結構若い頃の写真だ。

何でそんなものをルパンが持っているのか。
今度こそ真正面からルパンを睨めば、彼は全く気にした様子もなく不敵に微笑んでいた。


「よろしく頼むぜ、千尋ちゃんに真白ちゃん」



――これだから、大人は嫌いなんだ。