臆病者の境界線


side:真白

何時間かかったっていい。
肌寒い夜だって、今すぐこの話題から離れられるなら我慢できる。

隣を歩く千尋はずっと唇を噛みしめて何かを我慢してるみたいだ。寒さとかじゃなくて、もっと痛い何かを我慢してるみたい。


ルパンの話は、泥棒にしたらとても魅力的な話なんだと思う。
だって、そんな貴重なものが身内の手の中にあったなんて。

今までお母さん達からも、おじいちゃんからもそんな話聞いたことなかった。
聞かれて困る内容なのか、それとも私たちがまだ子供だから?


「千尋」

「…ん」


だけど私たちはそれに協力しようとは思わない。
おじいちゃんは好きだし、ほんの少しの好奇心程度の興味ならある。
だけど、だからといって関わりたいとは思えない。

おじいちゃんの思い出に近づくには、少し臆病になりすぎたみたい。


「千尋、大丈夫だよ」


立ち止まって両手で千尋の手を包み込む。顔を覗きこめば千尋は迷子の子供みたいに泣きそうな顔をしていた。

ごめんね、ごめんね
数分の差しか変わらないのに。
お姉ちゃんであることで貴方に多くの負担を背負わせて。
だけどもうあの人たちはいないから。


だから、泣きたくなったら我慢しないで私の傍で泣いてよ。







★★★




ぎゅうっと千尋を抱きしめて立ち止まっていたのが悪かったのか。耳に誰かの足音が届いた。

ルパンが追いかけてきたのだろうか。めんどくさいなあ、と思ったけど直ぐに思いなおした。


「(ルパンじゃない)」


その足音は明らかに人数が多い。千尋の背中に回していた手を解いて後ろを振り向くと、昼間絡んできたあの黒ずくめの集団が、いつの間にか私たちを囲むようにして集まっていた。


「探したぜ?クソ餓鬼共」

「うわ、ストーカーだ」

「いくらモテない顔してるからって、どん引き。」

「ッ…てめぇら!」


顔を一々覚えてなかったけど、言葉とか黒いスーツとかで昼間の集団だって分かる。
その中のリーダーっぽい人が相変わらず下品な笑みを浮かべてたから千尋と二人で無表情で返してあげた。

途端、その人はやっぱりお猿さんみたいに真っ赤な顔になる。
猿顔のルパンより酷い顔だ。


「おい、痛い目合いたくなきゃ大人しくついてこい!」

「「だが断る」」

「ッふざけんな!!」


至って真面目に答えたのに憤慨された。
何でそんな苛々してるの。
むしろそんな上から目線で言われる筋合いないのに。

どんどん私と千尋の心が冷えてきたのが分かった。

何か、もう

めんどくさい。

もの凄く。



「ガキだからって容赦する気はねぇ。痛い思いしたくないだろ?」

「うん。」

「痛い思いされる意味が分かんないし。」

「じゃあ大人しくついてこいって言ってんだよ!」


のんびりと受け答えすれば苛々したように叫ばれる。耳が痛い。
周りの大人たちもドラマで見るような黒光りする拳銃を握ってニヤニヤ笑ってた。


…すごく、不愉快


「名前も知らない。目的も分からない。私たちに何のメリットがあって言うこと聞かなきゃいけないの?」

「ね。」


真白と2人で全員を睨む。
さっきルパンたちに全く同じことされたばっかだけど。だからこそ、拒絶しとこう。
ルパンたちはまだご飯奢ってくれるってメリットがあったし。
…あれ、そういえばあれは食い逃げ?


「…チッ。…いいだろう。俺の名前はブルード。天使の涙のことについてテメェらに用がある。」


リーダーっぽい柄の悪さ全開の男、ブルード。
苛々したままだけど一応は答えてくれるらしい。ちょっと吃驚した。だからっていい人とは思わないけど。

それよりも、また“天使の涙”だ。
ルパンといいブルードといい何でそんなのに興味があるんだろう。


「だったら、尚更行かない。」

「私たち天使の涙なんて知らないもん」


嘘は言ってない。
“天使の涙”の話は一度も聞いたことがなかったし、在処だって知らない。


「テメェらの意思は関係ないんだよ。拒むようだったら無理矢理にでも連れてくるよう言われてるんでね。…最後の忠告だぜ?大人しく、言うことを聞け」


明らかに一般人の私たちに向けられるのはたくさんの拳銃。忠告とか、馬鹿らしすぎる。
選択肢が最初から一つしか用意されてないのに。無駄に紳士ぶるその姿が、凄くムカつく。


「…やだ」


大人しく言うことを聞いた所で無事に返されるとは思わない。
明らかに待遇悪そうだし。この人たちの言うこと聞くぐらいなら、まだルパンと一緒にいた方がマシだ。(百歩譲って、だけど)


「…交渉決裂、だな」


小さく呟いた言葉にブルードのこめかみに青筋が浮かんだ。
低く抑えたような声が、相当怒ってるんだと思わせる。
ぎゅっと千尋の手を握って視線を足元へと移らせた。


どうして、

どうして誰も放っといてくれないのだろう。
どうして皆私たちに構うのだろう。


最初に私たちを突き放したのは大人たちだったのに。