04


校長先生からの頼まれごとで消太さんに書類を届けるため、1Aの教室まで来た。扉は閉まっているが、終鈴も少し前に鳴ったことだし雰囲気的にも終わっていそうだったため扉を開けた。やはり終わっていたようで、扉の正面に生徒が立っていた。どこかで見たことがある気がする。

「は?!」
「え、あ、ごめんなさい。手差し出されてたのかと思って」

思わず握手した。そうだ、爆豪くんだ。1年ほど前に話題になっていたし、今年のヒーロー科1年の入試成績トップ。
・・・彼の手を握ってから思ったが、おそらく彼は今まさに扉を開けようとしていたのだろう。それをちょっとの差で私が開けてしまったため、伸ばしかけた手がそのままになったと思われる。だが、なぜ動かないのだろうか。

「・・・・・藍川ニーナ」
「おお、君たちの世代でも私のことわかるんだ」
「ああああああ!!そうだ、藍川ニーナ!!」
「うるせぇデク!!黙ってろカス」

緑谷くんの幼馴染か腐れ縁か。かなりはっきりした縁が見えるが、仲は良くなさそうだ。しかし、息を吐くように出た“黙ってろカス”は、相当だな。

「相澤先生は、まだ教室にいる?」と聞けば、少し後ろを振り返った彼の視線を辿った先に見慣れた寝袋が転がっていた。教室にはいるらしい。

「そうだよ、新零先生のこと見たことあると思ったんだ。でも、まさか藍川ニーナなんて、本物・・・」
「緑谷くんも私のことわかるんだね」
「も、もちろんです。引退されたのって5年くらい前だから僕たちが9歳か10歳ってところですけど、その後もテレビでよく映像が流れたり、曲が使われてたりして」

彼らの世代でも知っている子は知っているらしい。ざわざわとしている教室には、曲は知っているといる子や、覚えてるといった子が何人かいた。そんな中で、緑谷くんが爆豪くんの横へ来て、あの主題歌が好きだ、オールマイトがどうのと力説し始めた。私じゃなくてオールマイト絡みで知ってるのか。

「デク!黙ってろつっただろ!!」
「でも、かっちゃんだって、小さいころから好きだっ」
「あ゛?!」
「ぁあ・・・・ごめん」
「かっちゃん?」
「・・・・・」
「僕、幼馴染で」
「そうなんだ。えっと、爆豪・・?」
「勝己」
「勝己くんか、それで、かっちゃん」
「・・・・・」
「今は、相澤新零です。サポート科で非常勤講師をしています。よろしく」

みんなもよろしくね、と教室に残っている子に声をかければ、しばらくして“え?”という顔で固まったのち、ばっと奥に転がっている寝袋に視線を向けた。目の前にいた爆豪くんも“信じられない”と言う顔だろうか?首がぎこちなく後ろを振り返った。横に緑谷くんも一緒に驚いているが、君はこの前聞いていただろと思っていると、「藍川ニーナとイレイザーヘッドが・・・」とぶつぶつと何かつぶやいていた。

「邪魔してごめんね、相澤先生に用事があるから」
「・・・っ」
「ん?」

何か言いたそうに短く息を吸った爆豪くんを振り返れば、もう一度すっと手を差し出された。何とも言えない顔なのは、クラスメイトの手前恥ずかしいからなのかわからないが、眉間にぐっと皺が寄っている割には耳が少し赤い。

「もう辞めちゃったんだけどね」
「いいんっすか」
「君たちの世代が私のこと知っててくれるのは嬉しいよ」

書類を脇に挟み彼の手を両手で握れば、あの人とは違って分厚くがっしりとした手だった。15歳といえど男の人だなぁと思う。小さくお礼を言う彼がどこか可愛らしく見えてしまい微笑ましく思っていると、小さく舌打ちをして教室を出て行った。

「用件はなんだ」
「校長先生から書類受け取って来た」
「・・・あぁ、これか。確かに」
「じゃぁ、私は先に職員室戻るから」
「ん」

知らなうちに寝袋から出てきた消太さんに書類封筒を渡して教室を出た。残っていた生徒も帰路に着いたらしい。

「俺も握手してください」

帰路についたと思っていた生徒の一部が廊下で出待ちしていたとは思いもしなかった。私もまだまだ有名人らしい。後から教室を出た消太さんは何も言わずにいなくなった。彼にとっては今更だろう。

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