09


「あの子の今の人生は、“もう一回遊べるドン”って感じって言ったらわかるかしら」
「・・・・わからなくはないです」
「あの子がスカウトの話しを受けた時、自分は一度死んだから、これからはやりたいことを全力でやりたいって言ったの。死の淵を彷徨って、なんとか戻って来た世界を虚ろな目で見ていた子が数日後には、そう言い切ったの」
「・・・・・」
「すごい子よ。でもだからこそ、生き急いでいるようにも捨て身のようにも見える。おまけの人生を、どう楽しむか、死にたいわけじゃない、けど死んだらその時はその時・・・堤防沿いの狭いブロックの上を歌って踊りながら歩いている、そんな感じかしらね」
「・・・・・」
「危なっかしくて仕方がなかったのよ。去年のライブの時なんて、そのまま死んじゃうんじゃないかってスタッフ揃ってハラハラしてたわ」
「なら、ライブの後に倒れたって話は、本当だったんですね」
「・・・そうね。ステージから下がってすぐ気絶したわよ」
「・・・・・・」
「それが、急に自分の身体を労わるようになったのよ。貴方があの子を助けた日からね」
「・・・・・・」
「自分もヒーローが来てくれるような価値のある人間になれたんだって・・・あれだけファンに必要とされているのに、あの子はずっと自分には価値がないと思っていたなんて信じられる?」
「・・・・・」
「どれだけ父親の言葉が、あの子を苦しめたのか。言葉だけじゃないわね・・・」
「俺は別に特別なことはしていない」
「特別なことかどうかなんて、あの子には関係ないのよ。誰かに助けてもらえることが、あの子にとって価値のある人なの」
「俺じゃなくても、あの状況なら誰でも助けたと思います。それこそヒーローかどうかは関係ない」
「あら、自信ないの?」
「・・・・・」
「まぁ、今をときめくアイドルだものね・・・。わからなくもないけど。あの子、こっそり自分の個性使って、かなり人を選んでるわよ。嫌な人とは連絡先も交換しないし、食事にも行かないわ。価値の話を取り除いても、あの子が貴方を気に入っているのは事実。ましてプライベートの連絡先なんて、ほとんどの人が知らないのよ」
「・・・・・・・そう、ですか」
「それで、どうなの?貴方は」
「え?」
「満更でもないんでしょう?」
「・・・・・っ」
「相澤くん、最初に聞いたわよね。貴方の前のあの子は、どうだったかって」
「はい」
「その時、貴方、普通の女の子だったって言ったでしょう?」
「・・・・・」
「私がいうのも変な話だけど。あの子、藍川としてよりも愛繋としての方が数倍かわいいわよ」
「・・・・それは、よくわかります」
「あらあら」
「・・・・・」
「相澤くん」
「はい?」
「あの子のこと、よろしくね」
「え?」
「私が言うんだから、安心しなさい」
「それって・・・個性のことですか」
「どうかしらね?」

8年前。野外ステージでのイベントライブを壁に凭れて遠目に眺めていた時だった。
知らない女性が同じように壁に凭れてステージを見ながら声をかけてきた。一度横を見たが、前を見たまま聞いてほしいと言われ、わけもわからないままそれに従った。
藍川ニーナのマネージャーだと言った女性は、一通りしゃべり終えていなくなった。残された俺は、頬を抓ってこれが現実だということを確かめて、首回りに巻いている布に顔をうずめた。

数年後、その女性に再会した時、「だから言ったでしょう?」と笑われた。
あの時すでに、直感の個性を持つあの人には、この結果が見えていたのだろう。隣にいた白いドレスの新零が、不思議そうに何の話?と首を傾げた。

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