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日本酒をちびちびと色々試しているアイドルなんて、そうそう見られるものじゃないな・・と、じっと見ていると、不思議そうに見返された。渋いセレクトだと思わなくもないが、チューハイの類は家で飲めるから今はいいとのことだった。アルコールは弱くはないらしく、そこそこ飲めそうなのがわかる。ほんのりと赤くなり始めた頬に今度は少し目を逸らした。

「父親にずっと言われてたんです。お前みたいなやつのところに一生助けなんて来ないって、その程度のやつだって、自分に殴られるくらいの価値とあの人の世間体を保つための価値しかないんだって」
「・・・・・」
「だから、本当に嬉しかったんです。あの時、消太さんが助けてくれたこと」
「・・・・・」
「消太さんは当然のようにしてくれたのかもしれませんけど、そうしてくれるのは誰でもじゃないんです、世の中そういうものだと思ってます」
「・・・・・」
「すみません、こんな話。どう言ったらちゃんとお礼が伝わるかと思って・・・重たかったらすみません、あまり気にしないでください」
「・・・・・・悪い、気の利いた言葉が」
「・・・・ふふっ、いらないですよそんなの。聞いてくれただけでいいので」
「しかし、すごい話だな」
「意外・・でしたか?」
「そりゃぁな」
「ただその後遺症で、そろそろ限界かなって」
「?」
「そろそろ引退かなって」
「・・・・は?!」
「ライブができないんです。体力的につらくて」
「・・・・・歌は歌えるんだろ」
「歌えますよ。歌うだけなら」
「なら・・」
「歌ってほしいですか・・・?」
「・・・いや、俺が口を出すことじゃないか」
「そんなことないですよ。ファンの意見は聞きたい・・・歌はまだ歌えます。でも体力的にはそれ以外の活動はできなくなります。それに」
「?」
「仕事ばっかりしてたら、婚期逃しちゃうんで」
「・・・・・・・したいのか?」
「したいですよ?・・・さっきの話しを聞いたら、そう思ってないように聞こえたかもしれませんが」

衝撃発言にグラスに伸ばしかけた手を止めた。さらっと言った彼女に、どういう思いがあったのかはわからないが、酒の勢いで言ってしまったという雰囲気ではなく、前々から思っていたかのような言い方だった。

「臓器が痛んでるそうです、だから人より体力低下が早いと医者に言われました。早死にするとは言われてませんけど、長生きはできない可能性が高いので早めに動かないと、と思って。仕事だけが人生じゃないと思います」
「・・・・」
「すみません。また暗い話」
「気にしなくていい・・・それより、なぜそれを俺に」
「・・・どうしてですかね?」
「・・・・酔ってんのか?」
「酔ってませんよ?いたって真面目に言ってます・・・。消太さんが真面目そうで、良い縁を持っているからですかね・・・・・手に触れた時に安心したんです」
「・・・・その縁っていうの、前にも言ってたな。個性なのか?」
「他の人には言わないでくださいね」
「心配するな、お前に会ったことも誰にも言ってない」
「言ってないんですか?!」
「は?」
「自慢どころじゃないですか」
「・・・・・してねぇよ」
「そうだと思いました。消太さん、そういう人じゃなさそう」
「・・・・・わかってるなら口を挟むな」
「挟んだのは消太さんです」
「・・・・・・」

面白がっているのがわかる。人付き合いが苦手で友人も少ないと言っていたとは思えない。少しいらったとした気持ちも、にこにこと笑っている彼女を見たら静まった。

「私の個性はメディアでも散々騒がれましたけど、芸能関係一切関係ありません。声に関しても魅了に関してもかすりもしません」
「・・・・・」
「私の個性は、繋。細くつながったものを読み解けるんです。得意分野は電子回路ですけど、それ以外にも使えます。・・・人の場合は他者との縁が見えます。勉強すれば血管や神経もわかるのかもしれませんけど、そんな風には使ったことがなくて」
「・・・・・じゃぁ、お前のいう縁っていうのは俺の他者との縁を」

彼女のような個性について聞きながらも、驚くことばかりだ。こんな個性があったとは思わなかったが、そんな個性を持っていたら人間不信になりかねない。だから友人が少ないと言ったのか・・・ファンサービスができないのもそういうところがあるのかもしれない。

「もう、使わないと人を信用できなくて」
「だろうな・・・だが」
「わかってますよ。でも、危害は与えてませんから暗黙の領域でしょ?これも1つの自己防衛です」
「はぁ・・・・・・まぁいい。つまり俺はお前の合格ラインを越えたってことだな」
「はい」
「・・・・・」

あまりにも嬉しそうな顔をするので、しばらくじっと見たあと顔を逸らした。他人に良縁が多いと言われてもいまいちピンとこない。比較対象がないからかもしれないが、彼女からすれば俺は恵まれているように映るのだろうか。

「なら自分のを見ればいいんじゃないのか?・・・そういうのも」
「見えないんです。自分のは一切」
「え・・・・」
「消太さんが私をどう思っているか、私には見えません」
「・・・・・」
「自分に関するものは何一つ見えないので、その人が持っている、その人の価値に染まった縁を見て判断してます。難しいのは、その人自身が世間的に言う悪い人だった場合、良縁は全て悪い物と言うことになりますから。それは自分で見極めないと」
「俺は善人に見えたか?」
「見えました」
「・・・・・」
「少なくとも、あの時、私を助けてくれた時は。今は、わかりませんが」
「・・・・・・・・・」
「消太さんからの下心なら受け取りますよ」
「・・・・・」
「冗談です。消太さんが、勧めてくれたこれおいしいですね。飲みやすい」

さらっと言うが、冗談なのか本気なのかわからない。今回のことだってそうだ、こちらが冗談だと思って聞いていたことが本気だったから、彼女の誕生日の1週間後にこうして飲みに来ている。・・・振り回されてばかりだというのに、苛立ちはあまりない。

「こんな話、初めてしますけど思いのほか恥ずかしいですね。自分の話を誰かにするのは、怖いことです」

困り顔で曖昧に笑った。怖いのだろう。人に嫌われるのが・・・それを確認できないことが・・・・
席を立った新零の足取りがしっかりしていることを確認して息を吐いた。疲れたわけではない、楽しんでいるつもりだが彼女の言動が心臓に悪い。あの声で、名前を呼ばれるだけでドキリとする。

「酔いがまわりました?」と戻って来た新零に顔を覗きこまれ反射的に身を引いた

「いや大丈夫だ」
「そう?ですか?」
「お前、時間大丈夫なのか?」
「平気です。明日はお休みを貰ってます」
「休みとかあるんだな」
「色々とイベントごとは片付いたので貯める時期というわけで、少しだけ」
「そうか」

そう言いつつも、どこか眠たそうな様子にアルコールで比較的早く眠くなるタイプなのだろうと思う。早めに家に帰した方が身のためだなと頭の隅で思った。

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