05



「お久しぶりです、消太さん」
「どうも」

1か月半ぶり、前回は誘ってもらったため、今回は私から彼を誘った。その間、何度か電話で話はしていた。そこで聞く限り4月から静岡へ行ってしまうため会えるのは、あと1回か2回くらいだろう。彼は雄英のヒーロー科の出身で、4月からは教師として働くとのことだった。

「私も雄英のサポート科受けたんですよ?」
「通えるのか?」
「通えないので合格通知と泣く泣くお別れしました」
「記念受験なんかすんな」
「私は通う気だったんですけどね。マネージャーに絶対無理だからやめろって」
「・・・お前が売れること見越して言ったんだろうな」
「・・・・なるほど、そうですね」
「気づかなかったのか」
「はい」

そうか、そう言うことだったのか。新幹線使ってでも通えると言い張りたかったが、デビュー当初からの仕事を思えば確かに無理だった。そもそもレッスンに通うためにも、無理だったなと今になって納得した。

すでに日も落ちたやや暗い道を歩きながら予約した店へ向かう。明るいままの駅近くではなく、少しだけ離れたところにある完全個室の店。完全個室だが、けして密閉感はなく落ち着けるお気に入りの店だ。
横を歩いている消太さんが、どこか埃をかぶっているような気がして少し聞いてみれば、1人警察送りにした後らしかった。それで少し慌てて待ち合わせ場所に来たのか。全く遅刻の時間ではなかったけれど。私を待たせた事を気にしたのだろうか・・・?彼は見た目で損をするタイプなのかもしれない

「怪我はしてませんか?」
「・・・俺か?」
「はい・・・他に誰がいるんですか」
「・・・問題ない。かすり傷程度だ」
「なら、舐めとけば治りますね」
「ふっ、そうだな」
「何かおかしかったですか?」
「いや、ちゃんと消毒しろだの言われるかと思った」

何がおかしいのか、しばらく笑っていた彼を不思議に思いつつ隣を歩いた。自然と道路側を歩いてくれたり、後ろに来ていた自転車を通すために、そっと腕を引かれたり、なんだか普通の女の子みたいな扱いが嬉しい。

「なんだか、普通の女の子みたい」
「・・・違わねぇだろ」
「・・・・・声に出てました?」
「俺に聞こえる程度にな」
「独り言なので無視してください」
「・・・・・」
「北海道にいる間は、学校と塾とスーパーくらいしか出かけることがなくて。東京に出てきてからは、レッスンや仕事がほとんどで学校の行事どころか、授業もあまり参加できなくて・・・学生らしいことって何もなかったんです。それこそ、仕事絡みでしか旅行も観光もしたことなくて。誰かと食事にしても、仕事が付きまとうことが多くて。プライベートなんて、本当1割くらい」
「けど、仕事、好きなんだろ」
「うん・・・。消太さんも」
「まぁ何もなしにできる職業じゃねぇわな・・・4月からどうなるかわからないが」
「大丈夫ですよ。消太さんは厳しそうですけど、いい先生になれます」
「どうだかな」
「なれますよ。この私が懐くくらいなんだから」
「・・・懐いてるのか?」
「?」

前を見て歩いていた消太さんが、ふいにこちらを見下ろしたので不思議に思って首を傾げた。何か言葉を間違えただろうか?懐いているでは、不自然だっただろうか。

「消太さん、お店ここです」
「よく知ってるな、こんな場所」
「人に邪魔されない場所は、こっちに来てから散々探したので」
「・・・有名人も大変だな」


通された席で、彼に聞きながらお酒を選んだ。飲みきれなければ変わりに飲んでくれるというので、飲んだことのないものを頼むことにした。ジュースのようなお酒は味の予想がつくけれど、こういうお店のメニューに並ぶお酒の名前は見たところでピンとこない。

「・・・・・」
「癖が強かっただろ」
「・・・はい。飲めなくはないですけど、美味しく感じない」
「じゃぁ、お前はこっち飲んでいいから」
「え、でも」
「この前、お前が好きで飲んでたやつ」
「・・・消太さん、本当に紳士ですよね」
「・・・・知るか」
「照れました?」
「・・・・・・・」
「はぁ・・・それを美味しいと思うためには、あと2年必要なんですね」
「そんな単純なもんじゃねぇだろ」
「私も消太さんと同じものを美味しいと思えるようになりたい」
「・・・・・前から思ってたんだが」
「はい?」
「新零のそういう言い方は、冗談なのか?」
「・・・・私、ごまかしはしますけど、冗談は言いませんよ?言い間違いはあるかもしれないですけど」
「・・・・・」
「何か間違えましたか」
「いや・・・心臓に悪いと思ってな」

彼の言う言葉が察せられずに言葉に困っていると、タイミングよく料理が運ばれてきた。いつ見てもおいしそうな料理に、顔がにやける。世の大学生は、こんな感じの毎日を送っているんだろうか?


「消太さんは、どういう女性が好みですか?」
「お前は、どういう男がいいんだ?」
「質問を質問で返すのは狡いと思います」
「まずは己からだろ」
「うっ、そうですね!!見た目は、・・・男らしい人がいいです。女装しても似合わない人がいいです。でもオールマイトみたいなガチマッチョは嫌です、太ってる人も嫌、あと私より背は高い人。それから、たまに笑ってくれる人がいい。いつも笑ってる人は胡散臭い」
「・・・・・」
「それから、世間体を気にしない人。金や地位にうるさくない人。周囲が振り返るような超絶イケメンも不安になるからお断り。そもそも、イケメンじゃなくて男前な人が良くて」
「・・・・・そんな奴いるのか?」
「消太さんみたいな人がいいです」
「・・・・・・・・・・お前、酔ってるだろ」
「酔ってますよ」
「随分ペースが速いから・・・・え、自覚あるのか」
「頭、ふわふわする」
「そんなんなるまで飲むなよ」
「・・・だって、消太さん後数か月で遠いところ行っちゃうし」
「・・・・・」
「消太さん、優しいから・・・なんかドキドキするし、なんか恥ずかしいから、」
「ごまかしてるのか?」
「うん」
「・・・・・・・」
「お酒飲んだら、顔赤くなるだろうし、わからないかなって」
「・・・・・・・」
「消太さんは、どういう女性が好きですか?」
「・・・・・・・」
「やっぱり、私みたいなのは嫌いですか?」
「・・・そんなわけねぇだろ」

ふっと伸びて来た腕に、少しだけ反応してしまったのは気づかれてしまっただろうか?本当は誰かに頭を触られるのは好きじゃない、嫌な記憶がフラッシュバックする。それなのに、人によってこんなに違うものなんだろうか。消太さんの伸ばした手が私の頭の上に優しく乗って、少し強引に撫でてきた。ちらりと彼の方がうかがえば、優しい顔をしていた。どんどん心が温まっていくのがわかる。アルコールで必死にごまかそうとしても、今度はその温まった心が苦しくなっていくのがわかる。空になったグラスが不安になって、メニューを取ろうとすれば、「もうやめとけ」と彼に阻止され、大人しく水を口に含んだ。

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