「……内緒です。でもハリーとお話する気はないですから」
「ならいい。好きにしろ」

短くそう言うと、ヴォルデモートさんは軽く手を振るいました。すると、屋敷の庭の方からピーター・ペディグリューの姿が見えました。
ピーター・ペディグリューの隣には大きな生き物の姿。ヴォルデモートさんはそれを私の前に提示しました。

「貴様はこれだ」

私はそれを見上げ、小さく呟きました。

「ヒッポグリフ」

私の目の前には大きなヒッポグリフが羽根を震わせていました。
何故かそのヒッポグリフが怯えているように思えてゆっくりと近づいてみると、ヒッポグリフの首元に大きな傷が入っているのが見えました。
その痛々しい傷に息をのみます。今回のために、私のために、彼はどこからか連れてこられたのでしょう。

「箒は苦手なのだろう?」

視線で彼を責めると、ヴォルデモートさんはただそう言うだけでした。

私は警戒しているヒッポグリフにお辞儀をしてから、ゆっくりと近付いていきます。
もう少しで触れられるというところで、ヒッポグリフの方から先に擦り寄ってきてくださいました。
頭や羽根を優しく撫でながら、ヒッポグリフを安心させるように微笑みかけます。ヒッポグリフは小さな鳴き声を上げました。

私はヴォルデモートさんに振り返って言葉を掛けます。

「……終わったら、逃がしてあげてもいいですか?」
「言っただろう。自由にしろ、と」
「ありがとうございます」

ぺこりと頭を下げて、ヒッポグリフに小さく「あと少しだけ協力してください」と囁きます。
ヒッポグリフはもう1度鳴いて、私に頬を擦り寄らせました。リドルくんが近付いてきて、優しく私の肩に触れていました。

そして襲撃の時が来ました。

死喰い人の集団の内、最前列にいた人達が一斉に箒で飛び立ちます。そしてそれを追うように順々に死喰い人達が飛び上がって行きます。
大体の死喰い人がいなくなったあたりで、私はヒッポグリフに跨りながら、後ろに腰をかけたリドルくんに囁きかけました。

「リドルくん、飛び立ったら私に『目くらまし術』をかけてもらってもいいですか?」
「了解」

返事はすぐに返ってきました。私は小さく微笑んで、最後に箒もないまま飛んでいったヴォルデモートさんの背中を見たあと、優しくヒッポグリフに合図を出しました。

私を振り落とない程度のスピードで、ヒッポグリフが飛び上がります。リドルくんのかけた『目くらまし術』で、身体中を冷水が駆け巡るような感覚を味わいます。
その間にもヒッポグリフは前に見える死喰い人の集団を追いかけていました。そして一斉に姿が消えます。『姿くらまし術』です。

私も目を閉じ、目的地を思い浮かべて集中します。
去年受かったばかりの『姿くらまし』をするのは、少しの冒険でもありましたが、リドルくんのお墨付きであることを信じて私はリドルくんとヒッポグリフを連れて『姿くらまし』します。

空中でバンッという大きな音がして、私達は『姿くらまし』特有の感覚を味わいます。
そして次に目を開けた時には、今までとは全く違う上空でただ漂っていました。リトル・ウィンジング、プリベット通り4番地にたどり着いたのです。

既に遠く下方には沢山の人達が見えました。

大きな黒いバイクに跨るハグリッド、キングズリーさんや、アーサーさん、ビルさんに、ムーディ先生。――そして私の心臓がきゅうとなります――トンクスさんとリーマスさんの姿もありました。
そして驚くべきことに、それぞれの騎士団の横にぴったりと着くようにハリーの姿が、7人のハリーの姿がありました。

「どういうこと? 影武者(dummy)?」
「きっとそうですね。確か本物はハグリッドさんと一緒に居る筈です。
 すみません、ムーディ先生のところへ。急いで下さい」

私は掴まっているヒッポグリフに言葉を囁きます。私はちらりと見えたヴォルデモートさんの姿に、ある意味での恐怖を抱きながら空を飛び抜けます。
風に揺られながらリドルくんは不思議そうな顔をして、離れていくハグリッドさんとハリーのペアを見つめていました。

そして騎士団のメンバーと、闇の陣営のメンバーが衝突しました。
叫び声が上がり、緑色の閃光があたり一面にきらめきます。

ハグリッドさんの野太い声が聞こえ、黒いバイクが一回転します。リーマスさんの乗っていた箒が大きくぶれて、私の視線が一瞬奪われます。そしてリーマスさんの組と、キングズリーさんの組が騎士団の集団から抜け出しました。それを7、8人の死喰い人が追いかけます。
そこまで見つめたあとで、私は無理矢理視線を振り払い、ヴォルデモートさんが真っ直ぐに狙ったムーディ先生の方に向かって飛んでもらいました。

ムーディ先生の傍にはハリーの姿。誰が変身した偽物かはわかりませんが、ヴォルデモートさんが向かった瞬間に顔が酷く青ざめたような気がしました。
ムーディ先生の少し後ろにはビルさんの組がセストラルに乗っていました。

そこでヴォルデモートさんの杖がムーディ先生に向き、箒に乗ったハリーの叫び声が聞こえました。私は杖を構えて真っ直ぐに手を伸ばしました。
ヴォルデモートさんの声と私の声が重なり合います。間に合ってください、今度こそ間に合って!

「『アバタ・ケタブラ』!」
「『プロテゴ(守れ)』!!」

緑色の閃光が走り、ムーディ先生の姿が大きな音を立てて、仰向けに箒から落ちていきます。偽物のハリーの姿がバンッと大きな音を立てて『姿くらまし』をしていきました。

宙を舞って落ちていくムーディ先生の姿に背筋が凍る思いをしながらも必死に追いかけます。再び杖を向け、地面すれすれにまで落ちていったムーディ先生に浮遊呪文をかけて地面に激突することだけは避けます。
地面に投げ出されるように横たわるムーディ先生。遠くには魔法の義眼が転がっていました。恐怖が私を押しつぶそうとします。

「ムーディ先生…っ!」

着地する寸前のヒッポグリフから慌てて降りて、横たわっているムーディ先生の元に駆け寄ります。
短くなる呼吸の感覚を感じながら、私は地面に両膝を付きながらムーディ先生に手を伸ばしました。

盾の呪文は――間に合っていたようでした。

弱々しい息を零すムーディ先生は、絶命してはいませんでした。ですが、魔法の片目が遠くに転がり、義足が折れて、全身満身創痍の状態です。それでもか細い息をするムーディ先生に私は杖を向けて治癒呪文をかけ始めました。
そんな私の横、リドルくんがムーディ先生のすぐ隣に片膝をつけます。ムーディ先生の身体に触れないままに手を翳して、不機嫌そうな顔をしながら言葉を零しました。

「義足は『レパロ(直れ)』で大丈夫だろうけど、肋骨と杖腕もやられてる。
 あの闇祓いのマッド・アイだろうとも、お荷物を抱えたままじゃ辛かったか」
「それでも、今息があるなら助けられるはずです。私に出来る限りのことはします。
 リドルくんはここに死喰い人が降りてこないように、防御呪文を張ってください」
「……はいはい。仰せのままに」

心底呆れた様子のリドルくんは、それでも彼の力をもってして最高の防御呪文を辺りにかけてくださいます。これで上空から私達の姿を見ることは困難になったはずです。
私はその間にも必死に治癒の呪文を唱え続けます。私よりもリドルくんの方が治癒呪文の熟練度は高い筈なのですが、彼は決してムーディ先生を治そうとはしませんでした。


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