長い時間が経過したようにも思えました。
何度も『エピスキー(癒えよ)』を唱えた後、ムーディ先生の呼吸が幾分落ち着いてきたあたりで、私はやっと安堵の息をつきました。
流れていた汗を拭って、小さく微笑みます。
「これで、あと……」
そこでリドルくんが杖を構えてムーディ先生に向けました。
「リク、あとは僕に任せて。
『インペリオ(服従せよ)』」
「え」
極々自然に許されざる呪文を使ったリドルくんに私は目を点にさせます。慌てる私を、リドルくんは視線で制して、彼はムーディ先生に服従の呪文をかけました。
囁きながら命令するその姿をおろおろと見つめながら、私は虚ろな目をするムーディ先生を心配します。
「『君はこれから誰にも見つからないようにこの場を離れ、自らの怪我が治療しきるまで隠居を続ける。僕達のことは忘れろ』いいな?」
「……あぁ、わかった」
虚ろな目のまま従順な返事をするムーディ先生に違和感ばかりを覚えます。きっと万全の状態のムーディ先生に『服従の呪文』をかけるのは困難なのでしょう。それともリドルくんの力が強いからでしょうか?
なにはともあれ、術は掛け終わってしまい、リドルくんはムーディ先生から離れて、肩をすくめながら私に微笑みを向けました。
「これなら、こいつは暫く前線に出てくることはない。上手くいけば『アイツ』にも見つからずにすむ」
「……許されざる呪文ってことに抵抗は感じますけれど…、1番いい考えだと思います。ありがとうございます、リドルくん」
にっこりと微笑み返して、大人しく待っているヒッポグリフのそばに近寄りました。羽根を撫でながら言葉をかけます。
「ムーディ先生と一緒にいてください。防御呪文の外が静かになったらちゃんと逃げるんですよ。
……もう捕まっちゃ駄目ですよ」
ヒッポグリフの首元にある大きな傷を撫でて、私はヒッポグリフを軽く抱きしめてゆっくりと離れました。
そして私とリドルくんは防御呪文の外に出ます。上空では未だ緑と赤の閃光が煌めいていました。不安が私を包む中、リドルくんは私の肩を強く抱き寄せます。
「もういい。帰るよ」
「Ms.!」
そこで急にスネイプ先生の声が聞こえてきました。思わず私の表情が緩みますが、リドルくんは変わらず険しい顔をしたままでした。
フードを被ったままのスネイプ先生は怪訝そうな顔を私に向けます。
「Ms.が何故ここに」
「ヴォルデモートさんにお許しを頂いたんです。「自由に行動して構わない」って」
「……。…作戦は失敗した。ポッターは騎士団の家に辿り着いたようだ」
それを聞いて私はほっと胸を撫で下ろします。ハリーは無事だったのです。
そこでリドルくんが凛とスネイプ先生を睨む勢いで視線を向けました。スネイプ先生が口を閉ざし、リドルくんの言葉を待ちます。
「作戦が成功しようが失敗しようが、僕にはどうだっていい。
今はリクを屋敷に戻す。ここはまだ危険だ」
そう言ったあと、リドルくんはすぐに日記の中に戻っていきます。
スネイプ先生は消えていったリドルくんに小さく頭を下げ、次に私を見ました。ゆっくりと伸ばされた手に私は触れました。
その瞬間、『姿くらまし』する時の特有の感触を味わい、気付けば目の前には屋敷の近くの森が広がっていました。
私は隣のスネイプ先生を見上げてから、スネイプ先生が何処も怪我をしていないのを確認して、小さく微笑みかけました。
「先生が怪我をしていないみたいで、よかったです」
「…何故、あそこに? 何をしていた?」
スネイプ先生の表情は怪訝そうなものでした。私は小首を傾げて困惑した表情を零します。
私がやったことをスネイプ先生に言うことは出来ないのです。暫く私が黙っていると、スネイプ先生は私から視線を外し、繋いでいた手を離してしまいました。
「Ms.…。闇の帝王が帰ってくる。帝王の機嫌は良くない。先に部屋に入っていたまえ」
スネイプ先生はそう言って先に屋敷の方に向かって歩き出します。私はその背中を追いかけて、先程離してしまった手をもう1度掴みました。先生は私の手を振り払ったりはしませんでした。
手を繋いで屋敷に戻ります。不意に後ろを振り返ると、遠い空の方に黒い影が見えていました。
私は繋いだ手に力が込められるのを感じ取っていました。