ハリー襲撃の日から5日程が経過していました。
屋敷のどこからか断末魔のような悲鳴と大きな爆音が聞こえ、私は身を震わせてリドルくんの身体を強く強く抱き寄せました。
リドルくんは目を伏せ、私の身体をぎゅうと抱きしめてくれます。彼のローブを強く握り締めた私の拳は白くなっていました。
再び悲鳴が屋敷中に響き渡ります。ロウルさんの野太い悲鳴が聞こえます。
今日、魔法省は陥落しました。スクリムジョール魔法大臣は殺害され、次に魔法省大臣になったのは死喰い人に『服従の呪文』で操られているパイアス・シックネスでした。
魔法省はこれで完全に闇の陣営のものとなったのです。
魔法省の守りがなくなった瞬間。死喰い人は複数班に分かれ、ハリーがいると思われていた複数の騎士団の家に一斉攻撃をしました。
ですが、それでもハリーを捕まえることは出来ず、尚且つマグルの通りに逃げ込んだハリーをも逃がし、結局ハリー達の行方は完全に分からなくなってしまったのでした。
ヴォルデモートさんの怒りはマグルの通りで彼らを捕まえることの出来なかったロウルさんに向いていました。
「り、リドルくん…、助け、助けなきゃ」
私は瞳にいっぱいの涙を抱えて、震える手を伸ばします。
ですが、リドルくんは何も言わないまま、静かに首を左右に振るだけでした。
薄暗い部屋でリドルくんは泣いている私を抱きしめて静かに言葉をかけるだけでした。
「大丈夫…。悪いようにはならないよ。
大丈夫、大丈夫…」
リドルくんの優しい嘘に埋もれながら、再び響いてきた悲鳴に、私は耳を塞ぎました。
†††
9月1日になりました。
魔法省の体制が大きく変わり、義務教育となったホグワーツ。
そして新しい校長先生にはスネイプ先生が選出されていました。
ハリーはダンブルドア殺害の疑いをかけられ、指名手配となっています。
マグル生まれは魔法省に登録することを義務付けられ、魔法省…果ては闇の陣営に根絶させられようとしていました。
世界情勢が大きく変わっている中、私はいつものローブを着て、トランクの中身を確認していました。
黒い日記は私のポケットに入っています。リドルくんも今は日記の中に入っていました。
扉をノックする音。返事をすると、スネイプ先生の姿が現れました。私は微笑みを浮かべて、トランクをパタンと閉めました。
「準備ばっちりです!」
「では、出る前に1つ。
これから先、我が君の名前を言わないように」
「ヴォルデモ―――」
「言わないように」
ヴォルデモートさんの?と続けようとした私の口を、スネイプ先生の手が覆います。早速言いかけました。危ないです。
スネイプ先生の責めるような視線から目をそらし、彼の手が離れたあとに私は首を傾げました。
「わ、わかりました。気を付けます。
でもどうして?」
「我が君の名前に呪詛を掛けてある。その名を口にした者の守護呪文全てが解けるように、と。
これで、多くの騎士団を炙りだすことが出来る。我が君の名を口にするのは最早騎士団だけだからな。
この屋敷にはMs.以外にあの方の名を口にするものはいなかった。だが、これからはそうもいかないだろう」
ホグワーツに通っているといっても、時折ホグズミードへ行ったりもするでしょう。
その時に私が名前を言ってしまって、死喰い人達が集まってきても困りますしね。それがレストレンジさんだったら問答無用で呪われてしまいそうです。
私は再びわかりましたと頷きます。スネイプ先生は私をまたじとと見おろしたあと、腕を私の方へ差し出しました。
「では行きますぞ」
「あ、トランクはどうしましょう?」
「あとで取りに来る。まとめて置いておきたまえ。
今は君をホグワーツに『姿くらまし』させる事が先決だ」
その腕に添うように手を乗せてから、私は思い出したかのように顔を上げました。
「私も『姿くらまし』の試験に受かりましたよ?」
「ホグワーツ内に『姿くらまし』することはできない。校長以外はな」
あっさりとそう言うスネイプ先生。その時、私の視界は急に歪み、次の瞬間には暖かな日差しの溢れる校長室にたどり着いていました。
隣のスネイプ先生は校長室の席を眩しそうに見たあと、私に振り返りました。
「Ms.、夕食の前に、」
スネイプ先生の言葉は途中で途切れることとなりました。
校長室に到着した私の視線が、沢山ある肖像画の中の、ある1つに釘付けとなっていたからです。
私はゆっくりと口を開いて、声をかけました。
「……こんにちは。ダンブルドア校長先生」
「こんにちは。リク。
残念なことにわしは『前』校長じゃがのぅ」
私の目の前で、四角い額縁に収まったダンブルドア校長先生が、生前と変わらず半月のメガネをかけたまま、優しそうな微笑みを浮かべていました。
微笑むダンブルドア校長先生を眩しいと思いながら、私は数歩歩み寄って、彼の肖像画の前に立ちました。
「元気そうじゃのぅ」
「はい。私に危険はありませんから。
……ホグワーツにいるマグル生まれは今、私1人なのでしょうか」
「そうじゃろうて。皆、それが出来るものは国外に出たはずじゃ。国内におるものも出来る限り身を潜めておる」
問いに、ダンブルドア校長先生は目を伏せ、切なそうな表情をしました。
私とダンブルドア校長先生の会話を、スネイプ先生が静かに見つめていました。
私は一瞬自分の指差しを見ます。ですが悩んだのは一瞬だけでした。
視線をあげると、ぴりりと頭の端が痛みましたが、それを無視して言葉を紡ぎました。