「アラスター・ムーディは生きています」
ダンブルドア校長先生の瞳が大きく開かれました。後ろのスネイプ先生も微かに驚いている気配を感じ取ります。
私は真っ直ぐにダンブルドア校長先生を見つめたまま、痛み出す頭を無視し続けていました。
「それは…、それは真か」
「はい。
今は何処か、私にも知らないところで安静にしてもらっています。怪我が完治したあと姿を見せる筈です。
リドルくんがそうしてくれました」
「リドルが…」
校長先生は驚いた表情を変えませんでした。私はローブのポケットの中にいるリドルくんを思いながら、にっこりと微笑みかけます。
「リドルくんは私の味方です。
以前の…、私が2年生の時に会ったリドルくんとはまた変わってきてますよ」
「そのようじゃな。
……ありがとう、リク」
ダンブルドア校長先生は嬉しそうに目を細めながら、静かにお礼を言いました。ダンブルドア校長先生とムーディ先生はとても仲が良かったということを私は知っていました。ですが、私は向けられた感謝の言葉に困惑を抱きます。
「……私がお礼を言われることは何もしていません。何も、何も」
「それでも本来ならば失われていた命を救った」
「本来はだとか、本当はだとか…、今はそんなに考えたくないんです。
どうしようもなく起きてきた事実が、真実なのですから」
ムーディ先生を助けることは出来ました。でもバーベッジ先生は死んでしまいました。
その差は何だったのでしょう。どちらも私の目の前で起こったことで、私が『知って』いるか否かというのだったら…、私は…。
深く深く黙り込んだ私をダンブルドア校長先生は察してくださったようでした。
「…もっともじゃ。
あまり無理をしてはならんぞ」
「………はい」
私が返事をすると、ダンブルドア校長先生はにっこりと笑みを零して、学期初めにお会いする校長先生の雰囲気になりました。彼は朗らかに笑いながら手を上げます。
「ほぉれ、あまりのんびりとしていると夕食に間に合わぬぞ。ぴっぴっぴ!」
「あ、はい!
あの、スネイプ先生、荷物を…」
振り返ってスネイプ先生を見ると、先生は手で扉の方を示していました。私は目をぱちくりとさせます。
「あとで運んでおく。今は先に向かいたまえ」
「はい。えっと、じゃあ…、お願いします」
ぺこりと頭を下げて廊下に出ます。
ひょいと飛び退いてくれたガーゴイル達に微笑みを向けて、私は大広間に向かう廊下を歩き出しました。
それと同時に隣に現れる人影。私は彼をちらりと見ました。
「リドルくん」
ぐっと背伸びをする彼は欠伸を噛み殺したあと、にやりと私を見返しました。
「あれ? もう言わないのかい? 「見つかっちゃたらどうするんですかー」って」
「ふふ。リドルくんもわかっているくせに」
「まぁね。僕が見つかって困るような人間ももういない。
やっと羽根を伸ばせるってわけさ」
隠れる必要が無くなった彼は堂々と私の隣を歩みます。
私は苦笑を零しながらも、止めることはもうせずに、大広間の方に近づいて行きました。
するとセストラルに連れられてやってくる生徒がちらほらと見え始めます。
生徒達の視線は主に私に向けられます。彼らが、私が闇の陣営にいるということを知っているかはわかりませんが、噂ぐらいは聞いているのでしょう。
私と私の隣を歩むリドルくんに向けられる無遠慮な視線。リドルくんは浅い微笑みを浮かべていました。
「不愉快だ。片っ端から呪ってやろうかな」
「絶対に止めてくださいね。リドルくん」
「冗談さ」
微笑みを浮かべてはいるのですが、中々冗談に聞こえないその冗談に、私は溜め息をつきます。リドルくんは楽しそうに歩いていました。
「そういえばフェインがいませんね…」
もう少しで大広間へたどり着くというところで、私はふと左右を見渡しながらそう言います。
去年別れたペットのフェインとは、あれから1度も会っていませんでした。
「校内に居たらすぐに来てくれると思ったんですけれど…」
ずっと傍に居てくれていた彼がいないと、どこか寂しさを感じます。リドルくんは私と同じく校内に視線を向けつつ、口を開きます。
「……もしかしたらポッターと一緒に居るのかもね」
「それならそれでいいんですけれど…」
ハリーと一緒にいるのならば、ハリーを守っていることでしょう。
フェインは小さな蛇ではありますが、賢くてとっても強い子なのです。
フェインがハリーと一緒にいることを願いながら、沢山の生徒の間を2人で歩いていると、不意に後ろから聞き慣れた声が聞こえてきました。私は思わず足を止めて振り返りました。
「トム…? どうして」
振り返った先にいたのは久しぶりに見るジニーちゃんの姿でした。
ジニーちゃんだけとは言わず、ウィーズリー一家はハリーに協力しているという情報が流れています。
そんな中でもホグワーツに来たジニーちゃんを心配します。私の横でリドルくんがジニーちゃんの姿を見て、微笑みを浮かべていました。
「へぇ、おチビちゃんのジニーじゃないか」
数年前にジニーちゃんを操ってホグワーツ中を混乱させたリドルくんが微笑みます。私はリドルくんの服の裾を掴みながら、彼が急に何かをしないように警戒し続けていました。
ジニーちゃんは大きく目を見開いていました。