「なんで…。日記は壊れたんじゃ…」
「あの『闇の帝王』が、大のお気に入りのリクをそのまま放り出すとでも?
 直してもらったのさ。……この言い方は凄い癪だけれど」

そう言ってから顔をしかめるリドルくん。ヴォルデモートさんに直して貰ったというのは事実ですが、きっと彼は認めたくは無いのでしょう。同じ人物である彼らでしたが、お互いを牽制しあっている空気を私は感じていました。
顔をしかめていたリドルくんは肩をすくめてから表情を微笑みへと変え、私の肩を抱き寄せながら不敵に微笑みました。

「まぁ、ジニーの『お友達』にも言っておいてよ。
 リクに何かあれば、僕が許さない。『闇の帝王』の分身であるこの僕がね」

声は特別張っているわけでもないのに空間に響き渡りました。
私達を遠巻きに見守っていた生徒達もリドルくんの告白に、驚愕に目を見開き、そしてリドルくんと視線が合うのを恐れるかのように次々と視線を逸らしていきました。

そんな中ジニーちゃんがリドルくんを見つめ続けます。リドルくんもジニーちゃんから視線を逸らそうとはしませんでした。

「……リドルくん、止めてくださいね」

私はそこでようやっと静止の言葉を紡ぎました。視線を外したリドルくんは優しく私の頭を撫でて、私の髪に触れるだけのキスを落としました。それは私のご機嫌を取るような行為でした。

「何もなければ僕も何もしないさ。そうだろう?」
「何もありませんよ。それだけリドルくんが怖い顔をしているんですから」
「そうだといいね。僕も疲れなくて済む」

変わらぬ様子のリドルくんに小さく溜め息を零して、私はリドルくんの手を握って歩き出しました。
ジニーちゃんとすれ違う瞬間、ジニーちゃんが困惑に満ちた表情で私を見るのを感じ取っていました。
ジニーちゃんは私がどうして闇の陣営側につくのか理解できないのでしょう。闇の陣営はダンブルドア校長先生を殺害したのですから。

手を繋いで並んで歩いていた私達。いつの間にかリドルくんが歩を早め、私の手を引いていました。

「リク、早く。組み分けが始まっちゃう」
「……楽しそうですね、リドルくん」
「何年ぶりに見ると思っているんだい? 懐かしいのさ」

微笑むリドルくんに、クスクスと笑ってから私は小さく頷いて、彼の速度に合わせて大広間へと向かいました。

恐怖を抱えて不安顔のホグワーツの生徒達の中、私とリドルくんだけは楽しそうに笑いあっていました。


†††


ホグワーツでの生活が始まって2日目、校内には恐怖ばかりが支配しているかのように思えました。
去年も確かに闇の陣営の恐怖が世間には広がっていました。それでも、ホグワーツ内には世間の恐怖とは一切関係なく、平穏そのものだったのですが…、今年はそうはいかないようです。

学校であるホグワーツ内ですら安全では無くなってしまったのを理解しつつ、私は誰もいない廊下を進んでいました。

今や生徒は授業の移動以外で、廊下で時間を潰そうとする気は全くないらしく、教室内もしくは寮のどちらかにいました。
閑散とした廊下に違和感ばかりを覚えつつ、私はのんびりと階段を下りていきます。私の姿を見て、壁の絵画達が何やらヒソヒソと情報交換をしていました。

どうしても時間を持て余してしまって、私は溜め息を零します。次の授業までの空き時間の潰し方を悩んでいると、廊下の先から足早に近づいてくるスネイプ先生の姿が見えました。

「スネイプ先生?」

私は視線を上げて、向こう側から足早にやってくるスネイプ先生を呼び止めます。
先生は歩いている途中で私に気が付くと、私の方に歩み寄ってきてくださいました。先生は少し焦っているかのようにも見えました。

私が口を開くよりも前に、スネイプ先生が話し出します。

「Ms.は何か関わっているのかね?」
「え?」

突然の問いの意味がさっぱり分からず、私は首を傾げてスネイプ先生を見上げます。
困惑を浮かべる私の姿を見て、スネイプ先生は微かに安堵したかのように思えました。私は問います。

「何かあったんですか?」

答えは返ってきませんでした。ただ、私の頭に軽く手を置いて一言だけ紡ぎます。

「Ms.はここにいたまえ」

そう言ってスネイプ先生は手を離し、足早に玄関の方へ向かい、ホグワーツの城外へと歩いて行ってしまいました。
私はその姿を見送ってから、急に不安になってポケットの中に入れてある日記に手を触れさせます。途端に現れるリドルくんの姿。険しい表情。

「どうしたの?」
「私にもよくわかっていないんですけれど…、何かあったみたいで。
 スネイプ先生が今、慌ててお出かけして行ったんです」

覚束無い口ぶりでしたが、私から溢れる不安が伝わったのでしょう。リドルくんは険しい顔をすると私の手を引いて、誰もいない廊下を真っ直ぐに歩き出しました。

暫く人を探すように歩いていたリドルくんでしたが、新しく『DADA(闇の魔術の防衛術)』の教科担当になったアミカス・カローが慌ただしく駆けていくのが見えて、その姿を呼び止めます。
リドルくんの姿に気がついたアミカスさんはすぐに立ち止まり、恐縮したように頭を下げ、そして隣の私にも恭しく大仰な礼をしました。

私は彼に近づいて質問します。リドルくんが傍にいるということもあり、彼は面倒臭そうにしながらも答えてくださいました。

「何かあったんですか? 先程、スネイプ校長先生の姿を見かけたんですが…」
「あぁ、今、確認しに行ったんだろうよ。ポッターが魔法省に侵入してきたらしい」
「魔法省に?」

目を丸くして繰り返す私。アミカスさんは不機嫌そのものの表情をしながら、言葉を続けました。

「尋問中だった穢れた血どもを逃がしたんだとよ。あの糞餓鬼め」
「………そうだったんですか…。ありがとうございます」

ぺこりと頭を下げると、今度はアミカスさんの方が驚いた表情をして私を見ていました。が、彼はそのままこの場を離れ、妹のアレクトさんと合流していました。

私は隣のリドルくんに顔を向けて、首を傾げます。リドルくんも少しだけ不思議そうな顔をしていました。

「でもなんで、魔法省に…?」
「何だったのか覚えていないのかい?」

そう聞かれて、私は深く黙り込みます。記憶は酷く曖昧で、何故ハリー達が魔法省に行ったのかを思い出すことが出来ません。

もっと、もっと私が覚えていれば、私が覚えていなくてはいけなかったのに。

「……そう気に病むことでもないさ。ポッターは捕まらなかったんだろう? 残念なことに」

真剣な表情で黙り過ぎていたのでしょう。リドルくんが慰めるようにそう言って、私の髪を撫でてくださいます。
その擽ったさに思わず頬を緩めながら、私達は廊下に立ち止まっている訳にも行かず、のんびりと歩き出しました。

歩いている途中で私はふとあることを思い出して、立ち止まります。リドルくんも不思議そうな顔をしながらも立ち止まりました。
怪訝そうに私を振り返るリドルくん。私は彼を見つめて、近くの空き教室へと引き込みました。この話を誰かに聞かれるわけには行きません。

「リク、何?」
「分霊箱。…リドルくん、分霊箱っていくつありましたっけ」

私の急な質問。リドルくんは目を細めながら、私の顔を見つめていました。暫くしてから彼は静かに口を開きます。

「…。6つだ。僕はあの時6つの分霊箱を作るつもりだった。僕は、僕の中に残る1つの魂を合わせて7分の魂にしたかったんだ。
 7は魔法界でも意味の深い数字だからね」

彼はそう言いながら、近くの椅子を引き寄せて腰を下ろしました。話が簡単に終わるものではないと察したのでしょう。
私も合わせて向かいの席へと腰を下ろします。リドルくんの言葉が続きました。

「結局、僕が在学中には2つしか作れなかった。そのあと本当に出来たかどうかはわからない。
 だが、僕のことだ。6つきっかり作っただろう」

分霊箱を作るためには殺人を犯さないといけません。
さらっと在学中から殺人を行っていたのだという事実を知りつつも、私は驚いている暇もなく言葉を続けました。

「何を分霊箱にするかとか決めてました?」
「…いや。探していたんだ。僕に相応しい物をね。
 ……でも、大体決まってはいた。
 『僕(日記)』に、マールヴォロ・ゴーントの指輪、サラザール・スリザリンのロケット。レイブンクローの失われた髪飾りに、ハッフルパフのカップ…。どれもこれも魔法界に縁の深いものだ」

指折り数えていくと、分霊箱が5つしかないことに気がつきます。私は顔を上げて、リドルくんを見ました。

「残り1つは?」
「最後はきっといいものが決まらなかったんだろう。『アイツ』は復活してからナギニを最後の分霊箱とした」
「ナギニも分霊箱なんですか?」
「いいものがなかったのかもしれないし…、まぁ、でも少なくとも僕達にとってナギニは信頼に値するものだ。
 僕だって以前は分霊箱の1つだったんだから。『仲間』と会えば感覚で理解出来る」

答えてから、リドルくんは自分の手をちらりと見て、肩をすくめました。

「まぁ、少なくとも『僕』に分霊箱としての能力はもう無い。
 今現在、残っている分霊箱は5つだね」

その言葉を聞いて私は何か引っかかります。深く黙り込むと、頬杖をついたリドルくんがゆったりと話しだしました。


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