ホグワーツを恐怖が包んでいたとしても、学校である以上、生徒は授業を受けなくてはいけませんでした。
変身術を終え、次の魔法薬学の授業へと向かう途中、突如聞こえてきた悲鳴に私は肩を震わせました。

悲鳴が聞こえた方になんの迷いもなく走り出し、何が起こったのかを確かめに行きます。階段を駆け上がって見えたのは杖を振り上げるアミカスさんの姿でした。
前には足を縄で縛られたグリフィンドール生と、アミカスさんの隣にはぼたぼたと大粒の涙を零すレイブンクロー生の姿。

他の生徒は遠巻きに見ながらも、いつ死の呪文を唱えるかわからないアレカスさんには近づけないようでした。
マクゴナガル先生の元に走っていこうとする1人の生徒に、アレカスさんが素早く石化呪文をかけます。生徒はその場で誰も動かなくなりました。

私はその光景が見えるすぐ傍に行き、アレカスさんを睨みます。アレカスさんは私の姿を確認したあとに1度杖を止めます。背筋を伸ばした私は自分の杖を構えてアレカスさんに向けながらゆっくりと言葉を発しました。

「…何をしているんですか?」
「罰則だ。こいつらの授業も含めてな」

横目で倒れた方のグリフィンドール生を見ます。その子は両足の自由を奪われ、顔にはミミズ腫れのような痕がはしっていました。
ぼたぼたと泣き続ける前に立つレイブンクロー生の手には杖が握られていました。

思い至ってしまったものに嫌悪を抱き、私は真っ直ぐに杖をアミカスさんに向けます。
きっと泣いているレイブンクロー生の杖は、友人であるグリフィンドール生に向けられたのでしょう。

吐き気のような嫌悪感を抑えつつ、アレカスさんを睨みつけます。アレカスさんも同じように私を睨むように見下していました。

「この方法は好きではありません」

私の声は凍えきっていました。アレカスさんの苛々とした雰囲気が全身に伝わって来ます。
アレカスさんの杖が気だるげに私の額へと向けられました。

「好き嫌いの問題じゃねぇよ。それとも? 教師に口答えか?」

視線を逸らさず、自分よりも背の高いアレカスさんを睨み続けます。私はただ凛と背筋を伸ばして、気丈な微笑みを浮かべました。

「いいえ。違いますよ。
 『貴方』が私に口答えするのですか?」

闇の帝王であるヴォルデモートさんの手がかかっている私に逆らえる死喰い人などいないでしょう。
私に何かあれば彼らに待っているのは『死』のみです。私の言葉1つで彼らの生死すらも操れてしまうのです。

アレカスさんはそれを理解しているようでした。暫く私に向けていた杖をゆっくりと外して、杖をしまいこみます。

「…………。わぁったよ。
 おい、てめぇ。外せ」

近くにいた全く別の生徒を呼び、グリフィンドール生の足に巻かれていた縄を解かせます。アレカスさんはそうしてから大きな舌打ちを零して、私達の傍から離れていきました。

私は泣いているレイブンクロー生にも、満身創痍のグリフィンドール生にも触れることが出来ません。
ただちらりと縄を解いている生徒を見てから言葉を零しました。

「……2人を医務室へ」

言葉を零すと、震えだしそうになる手を反対の手で押さえて必死に隠します。俯いた私に声をかけたのはアレカスさんに痛めつけられていた2人の生徒でした。

「あ、ありがとう…」

その2人の顔を見ることが出来なくて、顔を背けます。

「お礼を言われることは何もしていませんよ。本当に…」

小さく口早に言葉を零して私は廊下を進みだしました。私を避けるように生徒達が離れていき、道ができます。そこを私はただ淡々と進み続けました。
歩き続けたあと、周りに人気が少なくなってきた辺りで私はポケットの中に入っている黒い日記に手を伸ばしました。

現れたリドルくんは欠伸を零しています。ですが、私の表情を見ると同時に一気に真剣な顔になって私の頬に手を伸ばしました。

「リク…? どうしたの? また何が?」

リドルくんの不安げな声が私にかけられます。私は涙を堪えたまま彼の手を引いて誰もいない空間を探します。
すると私が手を引いていたリドルくんがいつの間にか歩幅を早め、私を先導するかのように前を歩いていました。

「こっちに。早く」

何かを察したリドルくんは私の手を引いて何処かまで私を連れて行ってくださいます。辿り着いた空き教室に入った辺りで、リドルくんは教室の扉に鍵をかけました。

そしてリドルくんは私に向き直って真正面から優しく抱きしめてくださいました。私はそこで我慢し続けていた涙を流してしまいます。
ぼたぼたと流れ出る涙を、優しく拭ってくれるリドルくんにもたれかかりながら、震える声で恐怖を吐き出しました。

「どうして、あんな…、どうしてあんな酷いことが出来るんでしょう…?」

言葉は疑問でした。ぼたぼたと流れる涙を抑える術を持たないまま、私は呆然と言葉を続けていました。

「嫌、なんです。誰かが傷つくのは…、もう2度と会えなくなってしまいそうで…」

私の大好きな人達。私と同じホグワーツの生徒達。何事もなくただ平和に暮らしていたいだけだというのに。
それは私が『他の世界』から来たからそう思うのでしょうか。この世界では魔法で誰かが死んでしまうことが普通だとでもいうのでしょうか。

「……ごめんね」

不意に零された謝罪に私は涙に濡れる顔を上げてリドルくんを見つめました。リドルくんはただ優しく私の頭を撫でてくださっていました。

「…どうしてリドルくんが謝るんです?」

私は闇の帝王の過去の姿であるリドルくんにそう聞いていました。彼は深く黙り込んだあとに言葉を続けました。

「……。
 カロー達の行動を止めさせることは僕には出来ない。
 …我慢して欲しい。リク」
「でもこのままじゃ誰かが死んでしまいます」
「あいつらは純血の血を必要以上に流したくないはずだ。
 怪我人は確かに出るかもしれない。でも死人はまだ出ないはず」

かも、や筈、というだけでは私の不安は消えることはありませんでした。その思いが表情に出たのか、リドルくんはぎゅうと私を抱き寄せてくださいました。

「…。安心させてはあげられない」
「………私が、選んだことですから」

結局、選んだのは私なのです。ヴォルデモートさんとの決別をせずに、『彼』の傍にいることを望んだのは私なのですから。
闇の陣営の手がホグワーツにかけられた時点でこうなることは予想出来たはずなのです。予想していたはずなのです。

私だけが被害者ぶるだなんて。

「…でも、もう少しだけ、傍に」

それでもリドルくんの暖かい体温に縋りたくなってしまって私はリドルくんを抱きしめ返します。
肩口に顔を埋めながらリドルくんは静かに言葉を紡いでいました。

「もちろん。リクが望むまで、永久に」

催眠剤のような言葉に意識はゆっくりと落ち着いていき、彼を抱きしめたまま私は瞳を閉じました。


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