自分の冷たい手で目元を抑えます。先程散々泣いてしまった私は長い長い息を吐きます。リドルくんは既に日記の中に戻っていました。
カロー兄妹がホグワーツに来た時点で私も予想はしていた筈でした。闇の陣営はホグワーツの生徒を完全に従順させたいのでしょうから。
その過程で暴力的な行為が行われるのも、わかっている筈でした。それでも実際に目にしてしまうと酷く怖くて、我侭な自分に嫌気が差しながらも諦めることができずに口出ししてしまいました。
きっとこれからも酷い行為はやむことがないでしょう。そして私も彼らを止め続けるでしょう。
相変わらず誰もいない廊下を歩いていると、前の方で真っ黒いスネイプ先生の背中を見つけました。私は何も考えずに少し駆け出してスネイプ先生の背中に追いつきます。
「こんにちは」
声を掛けると滑るように歩いていたスネイプ先生がちらりと私を確認するかのように見下ろし、少しだけ歩みを緩めてくださいました。
その気遣いに頬が緩みそうになります。ふわふわと微笑みかけながら私はスネイプ先生を見上げました。
「どこに行くんですか?」
「どこにも。
校長室に戻るだけだ」
「私も行っていいですか?」
校長室はスネイプ先生が所持することとなってからも、何のレイアウトも変更されていませんでした。あの日差しがさんさんと差し込む校長室はスネイプ先生には酷く似合いません。
それでも校長室を変えようとしないのは、スネイプ先生もダンブルドア校長先生に敬意を払っているからなのでしょう。少なくとも私はそう思っていました。
何も変わっていない校長室ですが、私はスネイプ先生が愛用の紅茶セットだけは持ち込んでいるのを知っています。
憂鬱な気分を払うためにも、校長室でのんびりと紅茶を飲みに行こうと思って私はスネイプ先生に聞きます。
スネイプ先生は何も言いませんでした。拒否の言葉も言われなかったので私はにこにこと笑いながら先生の隣を歩きます。
隣を歩いて離れない私をちらりと見て、スネイプ先生は呆れたように言葉を吐きました。
「Ms.は年々図太くなっているようで」
「ふふ。だって、スネイプ先生は駄目な時は駄目と言いますもん」
「……。静止して止まったことがありましたかな?」
呆れたような言葉に私はふと思い出すように頬に人差し指を当てて考えます。
思えばスネイプ先生が私を止めようとする時は、何か危険が近づいてきている時だけでした。
でもそれは私が『未来』を変えたい時でもあって。
うーんと悩んでから私は静かに誤魔化すような苦笑を浮かべました。スネイプ先生の言葉で大人しく止まった記憶がありませんでした。
スネイプ先生ははぁとわかりやすい溜め息をしていました。私は半分だけ反省しておきます。半分だけ。
と、そこで不意にスネイプ先生の手が私の頬に伸びてきて、無理矢理スネイプ先生の方を見させられました。
突然の事に驚いて私は目をぱちくりとさせます。スネイプ先生は僅かに顔をしかめて私の目を見ていました。
手はすぐに離されましたが、微かに残る頬の痛みに私は再び首を傾げました。
「痛いです?」
スネイプ先生はまた何も言いませんでした。すぐに言葉を隠してしまう先生に、私は頬を膨らませます。
私も黙り込んでじぃと睨むようにスネイプ先生を見上げていると、スネイプ先生は私を見ないままに小さく言葉を零しました。
「………。腫れているが?」
私はもう1度目をぱちくりとさせます。先程泣いてしまったための目の腫れは、もう取れたと思っていたのですが…。
なんて言おうかと悩んでいると、スネイプ先生の方が先に言葉を発していました。
「先程2名ほど医務室に行ったと聞く。カローに聞いても『何もない』の一点張りだ。
何があった? Ms.も関わっていたのか?」
先生の声は酷く厳しいものでした。辿り着いてしまった校長室の前で私達は足を止めます。
スネイプ先生は私を変わらず見下ろしていましたし、私もスネイプ先生を見上げていました。
「……『安らぎの水薬』」
不意に零されたその言葉が、きっとそれが合言葉だったのでしょう。校長室の前の2体のガーゴイルが飛び跳ねて左右に避けます。
スネイプ先生は私から視線を逸らして先に校長室に入って行きました。私も慌ててその背を追いかけます。
追いかけている途中で私は、スネイプ先生の背中を見つめながら独白のように静かに言葉を零して行きました。
「先程、アレカスさんが体罰を行っている所を見かけてしまって。それがあまりにも目に余る行為でしたので、注意したんです」
アレカスさん達を止められる人物は酷く限られてしまっています。
その限られた人物の中に私もいるはずでした。ヴォルデモートさんの名前が私の後ろにある限りは、私は闇の陣営の方々に傷つけられる事は決してないのですから。
「……でも、それで、私の中でいろいろありまして…。ちょっと泣いちゃったんです。
あ、リドルくんが傍に居てくださったから大丈夫ですよ」
子供みたいにぼたぼた泣いている私を、リドルくんは呆れもせずにずっと慰めながら傍に居てくださいました。
リドルくんは私が泣き止むまで、本当に私が望むまでずっと傍に居てくださったのです。
フェインもいない今、私1人ではすぐに弱音を吐いてしまっていたでしょうに。