マスクの端に、この世界では誰も知らないであろうドラちゃんを描いたら、リドルくんに「なにこの不細工」と馬鹿にされました。



咳が1つ、2つ。少し空いて3つ目。
彼女の肩に守護霊よろしく乗っているフェインは、咳が聞こえるたびにびくりと身体を震わせていた。

「風邪かい?」

彼女の隣に守護霊よろしく現れたリドルは、顔をしかめてリクを覗き込んだ。
マスクで口元を覆ったリクは、また咳をしたあと、苦笑を浮かべてこくりと頷いた。

「大人しく寝てて…と言っても聞かないんでしょ」

呆れた顔をするリドル。どうやら声を出すのが厳しいようで、彼女は言葉を発さないまま、にこりと微笑み見返した。
リドルは彼女の後頭部を軽く抑えて、自身の額と合わせる。大人しく瞳を閉じて彼の言葉を待つリク。そして静かに離れた時、リドルは再び深い溜息をついた。

「無理しないように」

彼の言葉に、またにっこりと笑ったリクはフェインの身体を撫でて、リドルの日記をカバンにしまいこんだ。
リドルの姿が途端に消えて、フェインはリクの腕を登り、ポケットに消えていく。

彼女は1匹と1冊のガーディアンを引き連れて、いつものように地下の教室に向かっていった。


†††


「風邪か」

マスクをつけて現れたリクに大して、スネイプは思わず声をかけていた。
目元しか見えてないながらにも、ふにゃりと笑ったリクが、スネイプのいる教卓まで駆けていき、黒板に杖を向けて文字を書き込んでいった。

『熱はないのですが、喉がだめで』

口を閉ざしたままのリクが困ったような笑みを向けてから、いつものように溜まっている大鍋に手をつけた。

そこでふいに彼女の額に、スネイプの手の甲が当てられた。きょとんとしたあと、大人しく目を閉じるリク。

少ししたあとスネイプは1人勝手に納得して、自分の作業へと戻っていった。本当に熱がないのだと、納得したのだろう。
冷たかった手の感覚にふにゃりと頬を緩ませたリクも、すぐに自分の作業を始めた。

魔法薬の沸騰する音。大鍋と掻き混ぜている棒が打ち合わさる音。彼女の咳。フェインの欠伸。水のはねる音。洗われた大鍋の重ねられる音。

暫く時間がたった後、全ての大鍋を片付けたリクが、不意にスネイプの近くに寄っていった。

珍しく悪戯な顔をしているリクを不思議に思いながら、スネイプは作業の手を止め、頬杖をついて、彼女を見る。
リクは少し大きめの羊皮紙を出してくると、その紙の端に上手とは言えない林檎の絵を描いて、矢印を書き込んだ。

彼女の行動を見てからもなお疑問符を浮かべるスネイプ。
彼女の言葉を待っていると、リクはにっこりと笑顔を浮かべて、羊皮紙の隅に文字を書き足した。

『絵しりとりしましょう!』
「熱でもあるのかね」

突然の提案に呆れた顔を見せるスネイプ。

陽気に微笑んでいるリクは風邪故に思考が緩みまくっているのだろう。
ふわふわとした彼女に呆れつつ、スネイプは羊皮紙に描かれた林檎に視線を向けた。

そして矢印の隣にさらりと楕円を描き、矢印を続けた。

じっとその楕円を見つめて首を傾げるリク。
スネイプは頬杖を付いたまま疑問符を飛ばすリクに溜息をついた。

「そういうゲームだろう?」

それでも首を傾げるリク。スネイプはどこかむっとした表情を彼女へと向けた。

「卵だ。たまご」

思わず答えてしまうスネイプだったが、リクはどこか非難するような視線をスネイプに向けて、文字を書き込んだ。
彼女の文字を読むためにも、スネイプは少しだけリクに寄り添う。
リクは文字を書き終えて、すぐ横のスネイプに向いた。

『私が描いたのは「林檎」ですよ』
「それはわかった。だから卵を描いたのだ。
 appleの次はeggだろう」

そこまでスネイプが言った所で、リクは大きく目を丸くさせていた。
それと同時にスネイプもあることを思い出す。

「ここは英語圏なのでな」

告げられる言葉は、リクには日本語に聞こえている。が、実際は彼らは全て英語で会話しているのだ。
彼女は翻訳薬を飲んでいるからこそ英語に聞こえるだけであって、もともと英語は不得意なのだ。

リクはむむむと頬を膨らませた。スネイプの溜息が溢れる。
立ち上がる時にスネイプはリクの額をぺちりと叩いた。

「遊んでいないで勉強したまえ」

大して痛くもないだろうが、大袈裟に額を抑えるリク。彼女は頬を膨らませたまま、スネイプの描いた楕円の下に『卵にはみえません』と書き込んだ。
それを見たスネイプがもう1度ぺちりと彼女の額を叩いた。再び大袈裟に痛がって額を抑えるリク。

「そろそろ出来ただろう」

スネイプは不意にそう言葉を零して、今まで弱めの火にかけ続けていた大鍋に視線を向けた。

その中にはビー玉のようなものが数個入っていた。スネイプはその大鍋に杖を向けて、それを急速に冷やして、からころと瓶につめ、彼女に手渡した。

「噛まずに舐めていろ。喉に効く」

ぱぁとわかりやすく表情を輝かせたリクだが、次にはたと気が付いて表情を険しくさせた。
綺麗な輝きをしている金平糖型の翻訳薬は、最初、その見た目に反してとっても苦かったのだから。

それに気づいたスネイプは、溜息をついてから、瓶の中の飴玉をひとつ出して、彼女の口の前に持っていった。

むーと口を閉ざすリクにスネイプは声をかける。

「甘くしてある」

スネイプの一言で、リクに笑顔が浮かんだ。飴玉を躊躇いなく口に含むリクに、スネイプは呆れた表情を向けてまた頬杖をついた。

「それでは『真実薬の解毒剤』でも作ってもらおうか」

解毒剤というのだから、『真実薬』の調合よりもまだ難しいものであるのを予想するリク。
ばっと向けられた抗議の視線を無視して、黒板に杖で作り方を記していくスネイプ。

案の定、現れたややこしい手順とにらめっこをしてから、リクは渋々と薬草棚に向かっていった。

「それが終われば昼食だ」

ここからでは姿が見えないリクに声をかけると、薬草を持ったリクが笑顔を浮かべ、小走りで戻ってくる。

机に必要な物を広げたリクは黒板に杖を向けた。文字が浮かび上がる。

スネイプはそれに視線を向けて、期待の表情で自身を見上げてくる生徒に視線を戻した。

いつもならば無視してしまう所だが、今日は大した用事もない。
にこにこと笑うリクはいつも以上に能天気な様子で。
無下に扱っても構わなかったが、彼女はきらきらとした瞳でスネイプを見上げ続けていた。

「では、手伝おう」

その視線に負けたスネイプが呆れた表情とともにそう言うと、ぱぁと表情を輝かせるリク。
彼女は楽しげにスネイプの隣に並んで、大鍋に水を張った。

黒板に残ったままの『昼食後は一緒にお茶会をしませんか?』の文字。

それが目に入ったスネイプは自分自身が馬鹿らしくなってしまって、リクが一生懸命に銀のナイフで実を潰している間に、その文字をパッと消してしまった。



(彼の声だけが聞こえる日)

「ところで、それは?」

先生はマスクの端のドラちゃんを指しました。「猫型のロボットなんですよ」と答えると、「宇宙人かと思った」と再び馬鹿にされました。


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