マグルの世界では魔法使いだって立派な仮装なわけでして。

ですが、私はこれでも魔女でありまして、魔女が魔法使いの仮装をするというのも不思議なこと。
だからせめてものの仮装要素として、組み分け帽子みたいな三角帽に小さなパンプキンのぬいぐるみを飾って、マグルが想像する魔法使いそのものの格好をして地下牢教室に笑顔で飛び込んで行きました。

10月31日のお決まりの掛け声と言えば。

「ハッピーハロウィン! トリックオアトリート!
 悪戯はしないのでお菓子ください!」
「子供」

それは一言であっさりと片付けられてしまったのですけれども。

ぽわぽわと帽子を揺らしながら頬を膨らまし、私はいつものように1番前の生徒用の机の前に腰をかけて頬杖をつきます。

「だって今日はハロウィンですよー。
 お菓子くださいよー。悪戯しちゃいますよー」

もちろん私も先生がお菓子を用意してくださっているとは思ってはいません。採点をしている様子のスネイプ先生を頬杖をつきながら眺めます。

ですが、先生はそんな私の予想を裏切って、溜息をついたあと奥の部屋を手で示しました。

「部屋に入って、右の棚にある」

明日は雪でも降るのでしょうか! 絶対にお菓子なんて用意しないと思っていたスネイプ先生も、今日はお菓子を用意してくださったのです!
私は「わぁい」と飛び跳ねるようにして喜びます。

早速立ち上がって、ぱたぱたと奥の部屋に行き、それらしき缶を見つけて、私はにこにこと教室へとその缶を持って戻ってきました。

そしてまた1番前の席に座り、採点を再開しはじめたスネイプ先生の前でその浅い缶を開きました。

中には2〜3枚のクッキー。私はそのクッキーを見て、ぷくと頬を膨らまします。
量が少ないだとか、珍しいものではないとか、今はそういうことを問題としているのではなくて。

「……これは私が以前置いていったものです」
「知らないな」

頬を膨らませる私の前で、変わらず採点を続けるスネイプ先生。

缶の中に入っていたクッキー達は、以前、私がこの教室に持ち込んで、そしてまた次に来た時に食べようと残しておいたクッキー達でした。
それはいうなら私のクッキーといってもいいものでありまして。

「先生がお菓子を用意してくださったのかと思って期待しましたのに」
「菓子には変わりないだろう」
「そうなんですけれどもー」

私は溜息のようなものを零して、クッキー達は缶の中にいれたまま蓋をしめました。
枕にするみたいに缶を抱えて、少し俯いて手元を見ているスネイプ先生のその姿を眺めます。彼の視線は真っ直ぐ採点用紙に注がれています。

彼を眺めていると、不意に悪戯心が湧いてきて、私はバッと身体を起こして顔を輝かせました。

「でも、お菓子を頂けないのなら悪戯をしないとって思いまして、」
「…ほう」

私の言葉の途中。彼の採点の手が止まりました。ゆっくりと机の上で手を組んだスネイプ先生は、椅子に深く座って私を見ていました。
嫌な予感のする私は肩を竦めて即座に警戒のポーズ。

「減点する気ですね! その顔は…!」

悪戯出来るものならばしてみろとでも言いたげな顔に、私はそっぽを向きます。
さっき湧き上がってきた悪戯心は急速に消えて行き、机に両腕を伸ばすようにして突っ伏しました。

「…減点されたくないのでやめておきます」
「賢明ですな」

返された一言に頬を膨らませつつも、あっさりと気分を一転させて、私は再びクッキー入りの缶に視線を向けました。

「先生! そうだ。お菓子もありますし、お茶会にしませんか?」
「今、それを食べるのかね」

両手を合わせて微笑みを浮かべた私と、採点の手を止め、少し口早にそう言うスネイプ先生。
私は一瞬なんだか焦っているようにも見えるスネイプ先生に首を傾げます。

スネイプ先生はちらりと私を見て、小さく言葉を零しました。

「……あとにしたまえ」
「?」

私の行動を止めるスネイプ先生を不思議に思って、私は再び缶を開けてみました。「む」と小さく声を上げる先生。

見えたのは、色とりどりのマカロンやクッキーやキャンディやカップケーキやその他諸々のお菓子の山でした。
先程開けた時には2〜3枚のクッキーしかなかった缶。それが、その浅い缶の見た目とは裏腹に深くなった中身に、沢山のお菓子が詰められていました。

「ドラちゃんの4次元ポケットになってます!」
「なんだね、それは」
「お菓子いっぱいです! ありがとうございます!!」

ぱぁと表情を輝かせながら、私は缶を抱えてにっこりと笑顔を浮かべます。
どうやらやっぱり明日は雪でも降るようです。あのスネイプ先生がお菓子を用意してくれたのですから。

私は中からハニーデュークスの砂糖羽ペンをスネイプ先生に差し出します。

「先生にも」
「いらん」

あっさりとそう言われてしまいますが、楽しくなってしまった私は先生のすぐ後ろに行って、とんとんと肩を叩きます。

先生は変わらず私を無視して採点を続けています。もう1度、肩を叩くと先生は私に振り返りました。
その時、私は彼の肩に人差し指を伸ばして置いていました。
私の人差し指は先生の頬にぷにと刺さります。先生の氷のような視線が私に刺さります。

視線を合わせた私は次にしどろもどろに視線と両手を外して再び降参のポーズ。

「と、トリック成功ですね!」
「グリフィンドール10点減点」
「大人げないです!」

減点されてしまった私ですが、それでも悪戯が成功したのはとっても満足で、あははと笑ってしまいます。
スネイプ先生はじーっと私を睨みつけてから、諦めたような溜息を零して、頬杖をついていました。

そして砂糖羽ペンを食べ始める私に掛けられる、スネイプ先生の呆れた声。

「子供」
「今日は子供でもいい日ですから」

にこりと笑顔を返すと、呆れた顔をしているスネイプ先生が杖を振るって、いつものように紅茶セットを呼び寄せてくださいました。
私が座る机の対面にスネイプ先生も座り、私が紅茶を淹れるその前で、スネイプ先生も缶の中を探っていました。先生が取り出すのは甘さ控えめのショートブレッドでした。

どうやら今日の紅茶はお砂糖抜きでもよさそうです。



(トリックオアトリート!)


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