彼女は地下牢教室へと続く長い階段を小走りに降りていく。両手で抱えたそれを揺らさないように大事そうに、それでも急いで駆け下りていく。
そして教室前にたどり着いたリクは、軽くノックをして扉を開けた。

「スネイプ先生、こんばんわ」

少し息を上げたリクは教室内にいるであろう人物の名を呼んで、中へと入っていった。
教壇の近くではいつものようにスネイプが何か書類作業をしており、リクの声が聞き、彼は視線を上げる。
生徒の姿を確認したあと、教授の視線は手元の時計へと移った。目線が途端険しいものとなる。

「あと30分もしないで就寝時間になるが?」
「そうなんですけれども、これが咲いたので」

リクが持ってきたのは小さな植木鉢だ。その植木鉢には形だけは鬼灯のような真っ白い花と、それと相反する真っ赤な実がいくつか実っていた。
ひとつひとつの実の中には何か液体が詰まっており、たぷたぷと実の中で揺れている。

スネイプはその鬼灯を見て、いつもの無表情に驚きを少し足した。その植物は魔法薬草の中でも希少なものだったからだ。
それは夜のうちにしか花をつけず、尚且つその鬼灯のような実も自生させておくだけでは、すぐにぽとりと落ちてしまう繊細なものだった。だが、花も実も調合すればそれぞれ優秀な解毒剤等になるものだった。

「朝になったらお花は枯れてしまうそうなので、急いで持ってきたんです」

大事に植木鉢を抱えてきたリクは、言葉通りに急いできたためか、頬を僅かに上気させて、にこにこと嬉しそうに笑みを浮かべていた。
立ち上がって滑るように移動したスネイプが、リクの抱える植木鉢をまじまじと見つめる。リクに視線を向けずに彼は問いかけた。

「これを、どこで?」
「以前、フェインが禁じられた森の中で、球根を見つけてきてくださったので、ロングボトムくんにも手伝っていただいて談話室で育てていたんです」

ロングボトムくん、凄かったんですよ。と彼女は笑う。揺れる肩と一緒に手に持っていた鬼灯も揺れ動く。
そしてはっと気がついた彼女は実が落ちてしまわぬように、植木鉢をゆっくりと教壇の上に置いた。スネイプの指先が確認するかように実に触れる。

そしてすぐさま杖を振るい、鍋や試験管類を呼び寄せて、生徒用の教卓の上にごちゃりと置いた。

「Ms.も調合をしていきたまえ。これはなかなか手に入らん」

そう声をかけられて、リクは嬉しそうにぱっと顔を上げて、そしてその表情をすぐに困惑に変えた。
希少な薬草を使って彼女も調合に混ざりたいところだが、就寝時間ギリギリにで来たということもあり、あまり時間がなかったのだ。

「でも、時間が…」
「減点はしておく」
「そういう意味じゃないんですけどもね!」

ぷくと頬を膨らませたリク。だが、調合への興味や誘惑には勝てず、にこにこと笑ってスネイプの隣にリクも並んだ。
スネイプが指先で液体の詰まった鬼灯の実を静かに摘み取る。くしゃりとすぐに潰れてしまいそうな実を摘んで、透明な中身を静かに小さめの鍋に流し入れると、あたりに漂う独特の香り。リクは記憶と知識を照らし合わせて、スネイプに質問をした。

「本で読んだだけなんですが、この液体って本当にお酒なんです?」

漂うアルコールの香りにリクは、一緒に鬼灯の実を摘み取りながら隣のスネイプをちらりと見上げる。スネイプは作業をしながらも軽く頷く。

真っ赤な鬼灯の中に入っている液体は、日本酒に似たような香りを漂わせていた。
この植物が稀少なのは、その育て方の難しさ等もあるが、主にこの酒が取れるという性質のせいで乱獲されてしまい、数自体が減ってしまったというのもあるのだろう。

液体を注いでいくと余計に部屋に漂っていく香り。リクはまたちらりとスネイプを見た。

「先生は飲んだことあります?」
「以前口にしたことがあるが、かなりの美酒だった」
「えー。いいですねぇ、私も飲んでみたいです!」

作業しながらもきらきらと目を輝かすリク。未成年ということもあり、酒の味はまだわからないが、スネイプが美酒だというのならそうなのだろうと、彼女は無邪気に目を輝かせていた。

そこでリクを見たスネイプは、ふと植木鉢に残る真っ白い花の方へと手を伸ばした。
一輪ぷつりと摘み取ると、彼はそのままその花をリクの前へと何も言わずに差し出す。

きょとんとするリク。近づけられた花に反射的に香りを嗅ぐリクだったが、その様子を見てスネイプは途端呆れた顔をしていた。

「花のことは本では見なかったのか」

馬鹿にしているような声音に、むっとするリク。彼女は不服そうにしながらも正直にこくりと頷いた。

「花はこのまま食べられる。花の方にはアルコール成分はない」
「え。そうなんですか!?」

不服そうな顔から一瞬で表情を明るくさせたリクは、再びスネイプが差し出した真っ白い花を今度は小さく齧る。
そして急にその顔が険しいものとなった。

「………とっても辛いです」

小さく呟いたリクはうううと口の中に残る辛さを訴える。その様子を見てスネイプは短く鼻で笑った。

「子供舌」
「お花だから甘いものだと思って食べちゃいました」
「これは花自体が酒の味をしているのだが…、Ms.にはまだまだ早いようで」

そう言って、スネイプはリクが残した花弁をひょいと口に入れる。
あ。と短く声を上げたリク。そして彼女が次にふふと笑ったので、スネイプは花を食べながらも怪訝そうにちらりと見やる。

彼が視線のみで問いかけていると、リクはふわりと気の抜けるような笑みを浮かべ続けていた。

「お花を食べているスネイプ先生がなんだか…ええと、その、…新鮮だったので」

言葉を選びながらそう言うリク。本当は、似合わないだの、ファンシーだの、可愛いだのと言いたかったのだが、流石に目上の存在であるため、彼女はそれを避けた。

だが、今度はスネイプが不服そうな表情を浮かべていた。彼自身も花を食べる自分の姿を客観的に考えてしまったのかもしれない。

「グリフィンドール5点減点」
「酷いです!」
「何を言う。就寝時間は過ぎましだぞ」

言葉にリクは時計へと視線を向ける。確かに就寝時間は過ぎてしまっていて、減点される理由にもなるのだが、なんだか納得がいかない。

「酷いです」

もう1度頬を膨らませた状態で繰り返したリク。
スネイプはそれでも素知らぬ顔をして、開き直ったかのようにもう1輪摘み取って、作業しながらも口に運んだ。

スネイプの口元に咲いている白い花。ふふとまた笑ってしまったリクを、スネイプはじろりと睨む。
リクはそんなスネイプの視線に臆することなくにこりと笑った。



(まだ私は子供舌)

鬼灯のイメージはxxxHoLicの鬼灯酒の小さいver.


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