グリフィンドール寮の窓を叩く雨の音。

今日はなんだかその雨音が耳に残ってしまって、折角の休日だというのに、いつもよりもとっても早く目覚めてしまいました。
小さく欠伸を零しながら時計に手を伸ばすと、どうやら朝食の時間もまだまだ先のようで、私はもう1度掛布をかぶります。

それでもやっぱり雨音が気になってしまって、私はむすと頬を膨らませて身体を起こしてしまいました。
雨の日が多いのには慣れてきた筈ですが、どうにも二度寝は出来そうにありません。

同室のハーマイオニー達はまだ夢の中です。お部屋でやることは特にありませんし、少し暇しているこんな時は。


「何度か聞いたことがあるが、友人がいないのか?」

いつものように地下牢教室に訪れた私は、早起きで意地悪なスネイプ先生とばったりと遭遇しました。
彼の意地悪には慣れてはいますが、若干憐れむようにそう言われてしまい、胸が痛くなります。
いつもは皮肉げに言うのに、どうして今日ばかりは心配げに問いかけてくるんですか。意地悪です。

「まだ皆さん眠っていただけですー。先生も今日は早起きなんですね」
「少しやることがあっただけだ」

スネイプ先生はそう言って教卓の上に置かれていた羊皮紙の束を引っ張り出していました。
お忙しい時に来てしまったのだと少しだけ反省。さて、反省はしたので教卓横の本棚から以前から気になっていた本を手にして、教卓から少し離れた席に座って読み始めました。

スネイプ先生からの厳しい視線。気付かないふりをする私。

そのまま勝手にくつろぎはじめる私ですが、煩くしなければスネイプ先生が咎めないことを知っています。
現にスネイプ先生はじっと私を睨んでいましたが、溜息をついたあとは羊皮紙を広げて、羽ペンで何かを書き込む作業に移っていました。

雨音すら届かない静かな地下牢教室で、羽ペンを走らせる音と、本を捲る音だけが聞こえてきます。なんだか落ち着いてしまう、私の大好きな空間でした。


暫くすると羽ペンの動きが止まりました。スネイプ先生の姿をちらりと見ると、近くに羽ペンを置いて羊皮紙を丸めていました。
休憩の時間を察知した私はスネイプ先生の元に駆け寄り、先程まで読んでいた本を抱えてにこにこと笑いかけます。
私の笑顔を見て、スネイプ先生は見るからに嫌そうな顔をしていました。ですが、先生も慣れているのでしょう、そのままの姿勢で私に問いかけます。

「何かね」

キラキラと目を輝かせた私は先程まで読んでいた本の項目を先生に見えるようにして掲げます。

「スネイプ先生。人間の声って、雨の日、傘の中で聞くのが一番綺麗に聞こえるんですって!」

本の影から見えるスネイプ先生の表情は私の言葉を聞いて呆れた表情をしています。
呆れた顔もうんざりしている顔も見慣れてしまっている私は、にこにこと笑みを浮かべながら頬に手を当てて目を閉じます。

「あまり雨は好きではありませんが、そんな雨の中だと人の声が一番綺麗に聞こえるだなんて、とっても素敵だと思うんです」
「我輩はそうは思わない」
「そして今日は雨ですね」
「行かないぞ」
「今日はお散歩日和だと思いません?」
「思わん」
「行きましょーよー」

スネイプ先生の一番綺麗な声を聞いてみたくて、私は一生懸命に提案をしていきますが、先生は私の言葉を全て拒否していきます。
頑なに動こうとはしない先生に、うーんと小さく唸る私。そこでちらりと目に入った薬草棚に、はたと気が付いて私はにっこりと笑いました。

「そうです、先生。息抜きついでに、禁じられた森の近くまで薬草を取りに行きませんか?」

ここ数日の長雨で薬草棚にあるストックが減ってきているのを見つけて、私はそう提案をします。
ちらりと私と同じく薬草棚を見ていた見たスネイプ先生が、苦々しい顔を浮かべてそれでも首を左右に振ります。

「………後日にする」
「でも明日も明後日も雨の予定ですよ。まだまだ暫く行けないですよ。私もお手伝いしますから、行きましょう!」

最後は少し強めに頑張ります。苦い顔のままのスネイプ先生はきっと頭の中で、雨の中で外に出る面倒臭さと、薬草棚のストック量を天秤にかけています。
私のお願いの方はきっとあんまり加味はされてはいないでしょうが、それでもじっとスネイプ先生を見つめていると、先生はおっきな溜息を付いて渋々といった風に立ち上がりました。私は両手を合わせてぴょんと跳ねて喜びます。

喜ぶ私にスネイプ先生は釘を刺すように声をかけます。

「すぐ帰りますぞ」
「朝ごはんの前には。ですね」

にっこり笑みを浮かべて私はコートを羽織ります。防水呪文を靴にかけて準備は万端です。
同じくコートを羽織った先生の傍に駆け寄ると、スネイプ先生はまた深い溜息をついていました。溜息ばかりで幸せが逃げちゃいそうです。勿体ない先生です。


2本あったら意味ないじゃないですか。そう押し切って私はスネイプ先生が杖で作った大きな傘の中にお邪魔していました。
雨粒が見えない壁に阻まれるように傘の形に沿って流れていきます。雨音が私達を包みます。
ちらりと隣のスネイプ先生を見上げますが、彼は前を向いてまっすぐ禁じられた森に向かっていました。

少し早い先生の歩幅に私もついていきます。ですが、私が傘の外で出てしまう程の早さではないので、彼もちょこっとは気遣ってくださっているようでした。

「本当にこちらの方は長雨といいますか、雨の日が多いですね」

傘の中で私は空を見上げます。どんよりと深い雲はまだまだ足りないとでもいうように、どんどんと雨を降らしています。
強くなったり弱くなったりして、少しの間晴れたと思えば、また強く降り出したりを繰り返していました。

「地下にいれば気にならなかったのだがな」
「たまにはお外に出ないとじめじめしてキノコ生えちゃいますよ、先生」

何割かは本気でそう言います。地下牢教室は決して換気がいいとは言えません。
カビが生えてしまったりしているのはお見かけしたことはありませんが、それでもたまには先生もお外に出さないときっとカビちゃいます。黒いですし。

「減点しておくか」
「やめてくださいよー」

ついでに、というように呟くスネイプ先生に私はぱたぱたと手を振って拒否をします。
加点はしてくれないのに減点ばかりするスネイプ先生のせいでどんどんとグリフィンドール寮の点数が下がってしまいます。減点反対です。

「あ」

私はそこでふと思い出して小さく声をあげます。その瞬間、スネイプ先生がバッと私の腕を掴みました。そのことに驚いていると、見上げたスネイプ先生も何故か珍しく驚きの表情を浮かべていました。
きょとんとスネイプ先生を見つめると、誤魔化すように咳払いをした先生が腕を離しました。そしてぽつりと言葉を呟きます。

「転んだかと」

先生の言葉に私は更に目をぱちぱちと瞬かせます。

「えっと、フェインが来たがっていたのを思い出して…、連れてきてあげれば良かったと思いまして」

 私は困ったように頬を掻きながら苦笑をこぼします。

「流石の私も宣言してから転ぶのは難しいです」

追い打ちのように言葉を続ければ、スネイプ先生の歩調が途端に早くなりました。私の頭上から傘が無くなってしまいます。これでは雨に濡れてしまいます!
少し先を歩くスネイプ先生から照れ隠しのような捨て台詞。

「傘くらい自分でさしたまえ」
「すみませんー! ちょっとやっぱり足元がぬかるんでいる気がするので先生助けてくださいー!」

小走りで先生に追いついて、先程とは反対に私からスネイプ先生の腕に触れてぎゅうと抱きしめます。追いつけばまた歩調を緩めてくださるスネイプ先生。

「ふふ。ありがとうございました」

腕を掴みながら寄り添って、お礼を告げます。にこにこと自然と出てしまう笑みを浮かべます。
普段から鈍臭い私を、スネイプ先生はいっぱい心配して下さってます。その事がなんだかくすぐったくて、私は掴んだ腕を離さぬようにして歩きます。少し歩きづらくはなってしまいますが、その分、私も、そしてスネイプ先生も歩調が更にゆっくりになります。

「そういえば声がどうのこうのは?」

先生の言葉で私は本日の本題へと戻ってきました。呆れた表情のスネイプ先生がちらりと私を見下ろします。
傘の中で先生を見上げて私はふふと短く笑いました。

「正直に言うと違いがよくわかりません」
「だと思っていた」

正直な私の言葉をスネイプ先生は予想していたのでしょう、先生は肩を竦めていました。私は掴んだままの先生の腕に頭を寄せます。
胸元辺りがなんだかふわふわとしているのは、きっとこの時間がとってもとっても幸せだからでしょう。私は先生を見上げて、その事も正直にお伝えします。

「でも、なんだか楽しいのでもう少し長くお散歩したい気分です」

にこにことご機嫌に笑って、傘から零れる雫に当たらぬようにもう少しスネイプ先生に近寄って。

一番綺麗に聞こえているらしい溜息を聞き流しながら、私達はもう少しだけお散歩を続けていました。


(群雨)


prev  next

- 269 / 281 -
back