『折り鶴』(番外・短編)

アスヒは今日もクロコダイルに届いた手紙を仕分けする。

国民から送られる賞賛の手紙は、毎日無くなることがない。感謝を告げられる純粋な手紙達。
そしてその手紙達は、読まれることなくまとめて焼却炉へと消えていくのだ。

最初は少し罪悪感もあったアスヒだったが、毎日飽きもせずに届く大量の手紙に、今はちらりとも見かけずに廃棄していく。

自分の心も、クロコダイルにだいぶ感化され冷たくなってしまったらしい。
手紙を仕分けしつつ、ぼんやりとそんな思いを抱いていると、不意にアスヒの視線がひとつの手紙に止まった。

(あら可愛い)

それは、綺麗な装飾がされた手紙だった。
海軍から届く、豪華なもの、というわけではなく、どちらかというと幼稚と言ってもいいくらいの、綺麗な花が描かれた手紙だった。

興味が沸いてきて、アスヒはふとその手紙を開いてみる。中の手紙にはまだまだ拙い字で「クロコダイルさまありがとう」と文字が書かれていた。

(あらら可愛らしい)

子供から向けられている純粋な感謝の言葉に、アスヒの頬も自然と和らぐ。
アスヒは頬を緩ませたまま、手紙を少し掲げてクロコダイルへと声をかけた。

「クロコダイル様、ほら、可愛いですよ」
「……汚ぇ字」

少しだけ顔を上げたクロコダイルがぼそと声をかけて、再び羊皮紙へと視線を戻していた。
手紙を少し掲げたその状態で固まっていたアスヒは、大人しく手元に視線を落とした。

(………可愛くない)

こんなにも可愛らしい手紙を貰って、こんなにも可愛くない反応が出来るのか、とアスヒはじととクロコダイルを見つめる。
すると視線に気がついたのかクロコダイルの目線が再び上がって、そして怪訝そうな顔を浮かべた。

「なんか文句でもあんのか」
「いいえ、何も」

咄嗟に言葉を返して、アスヒは視線を逸らす。クロコダイルの察しの良さにもはや呆れてしまう。が、明らかな反応をしてしまうと反感を買うので表情は澄ましたままだ。

手元に残った綺麗な便箋を見つめ、少し考えたアスヒはふとあることを思い至る。

捨ててしまうよりも、どうせならば。

彼女は便箋を机の上に広げ、細い指先を揃えて紙を押さえつける。

便箋の角を反対側の辺に合わせて折って。上の長方形の部分を切り取って、今回使うのは下に残ったふたつ折りの三角。

ふたつ折りの三角をよつ折にして。間に指を入れて広げて折って、表も裏も繰り返せば、ひとまわり小さな四角へ。
真ん中の折り線に向かって4箇所折れば、紙はダイヤの形になる。そっと広げればダイヤは細長い菱形へ。ここまでくればあと少し。

裂け目が入っている方だけまた4箇所折って、折った部分を上にまた折り込んで。片方にだけ少し細工をして、ゆっくりと左右に広げれば。

「できた」

小さな折り鶴を完成させたアスヒは、綺麗に出来た作品にどこかご満悦だ。

羽を広げた折り鶴を指先で摘んでいると、アスヒはそこでクロコダイルがじっと彼女を見つめていることに気が付いた。
アスヒはにこりと主に微笑みかけて、折り鶴を彼へと見せた。

「クロコダイル様も作りますか?」
「作らねぇ」
「ではもう1羽作って差し上げます」
「いらねぇ」

噛み付くように言い返すクロコダイルだが、アスヒはにっこりと笑顔を浮かべたまま、またひとつ便箋を手にしていた。
書かれている文面になど目もくれず、正方形に切り取って折り始めるアスヒ。

アスヒにも聞こえるようにわざと舌打ちをするクロコダイルだが、アスヒはそんなこと気にも止めずに数分としないで、また綺麗な折り鶴を完成させた。
先程の折り鶴と並べると少し紙が小さかったようで、一回り小さな折り鶴が出来上がっていた。

いつの間にかご機嫌な様子のアスヒが「できました」と声をかけながら、クロコダイルの元に駆け寄り、机の上に2体の折り鶴をそっと置いた。
不服げに鼻を鳴らすクロコダイルだが、つついたその指で折り鶴を枯らしたりはしなかった。

「くだらねぇなぁ」

口ではそうは言いつつも、飾られたままの大小2体にアスヒはにこりと笑う。どうやらお気に召したようだ。
手紙は結局読まれることはなかったが、ただ捨てられるよりかはまだ少しは報われるだろう。

「ほら、こんなのもできるんですよ」

アスヒはまた器用に、今度は少しの時間をかけて鰐を作ってみせた。
クロコダイルは完成した鰐を興味津々にじっと見たあと、くだらなさにやっと気付いて、思わず笑った。

「遊んでねぇで働け」


(折り鶴)

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