サイレントヒルで過ごすようになり、それなりの時間が経過していた。

ここでは赤と黒の三角頭達が殆ど全てのクリーチャーをまとめているようだった。
…まとめているというより、三角頭が持つ絶対的な暴力故に誰も逆らうことが出来ないと言ったほうが正解か。

例外は殺しても殺してもキリがないウサギぐらいなもので、ナースのように比較的友好関係を築いているクリーチャー以外は、化け物といえども三角頭達に畏怖を抱いているようだった。

時折、私が休んでいる病院まで黒い三角頭が来る時もあった。だが、黒い三角頭はいつも私の姿を確認すると、何もせずにすぐ帰っていった。
黒い三角頭は、以前、私をどこかへ連れて行こうとしたことがあったため、私やナースの警戒心もかなりあったが、黒い三角頭の妙な行動はあの時だけで、それからは全く私に危害を加えようとはしてこなかった。

ナースにその、黒い三角頭の言動の意味を聞いたことがある。
ナースが言うには、彼はただ単純に私が生きているかどうかだけを確認しに来ているらしい。
何故生存確認をされるのかまでは誰も教えてくれなかった。ここで得られた情報は今も多くはない。

まぁ、すぐ帰る黒い三角頭は、それでなくても大抵すぐに三角頭に追い返されていた。
彼は私を襲った黒い三角頭を未だ許してはいないようだった。

三角頭は私を守ってくれている。流石にそれを何故かと聞いたことはない。
彼が守ってくれなきゃ、自由に動きが取れない私は、きっとこの世界ではすぐ死んでしまうのだから。

死にたくはない。死ぬのは、怖い。

だから私は未だ、このサイレントヒルにいる。


†††


「ねぇ、ナース。この世界に車椅子はないの?」

いつものように寝台の上で、半身だけ起こしていた私は不意にナースに問いかけた。
小首を傾げたナースは部屋の隅に転がっている、車輪が外れた車椅子を指さした。
私は苦笑を零して、首を左右に振る。そうではなくて。

「壊れていない車椅子が欲しいの」

この病院内には確かに車椅子が所々に落ちていた。偶にまるで人が乗っているかのようにひとりでに動いている車椅子がいるけれど、それ以外は壊れて廊下に放置されているものばかりだった。

足を失った私でも、車椅子があれば、三角頭の力を借りずとも病院内ぐらいなら自由に動くことが出来る。
流石に三角頭がいない状態で、ナースのいない病院の外まで出ようとは思わないが、それでも、遠くに現れた三角頭を迎えに行くことぐらいは出来るだろう。

どうやら私は、私を守り続けてくれる三角頭にそれなりの愛着を感じているらしい。
まぁ、彼の側を離れていると、それだけ危険に晒されているというのも事実で、極力離れたくないというのが本音だ。

思案するように壊れた車椅子をナースと私の2人で見つめていると、そしてナースが緩慢な動きで立ち上り、病室から出ていった。

寝台の上で1人残される私。言葉を持たない彼女達との会話は未だ難しい。
それでも少しの期待を込めてナースが戻ってくるのを待っていると、遠くから軋むような音が聞こえてきて、ひょこりと病室に顔を覗かせたナースは、私が望んでいた空の車椅子を押していた。

確かにその車椅子はぼろぼろで動かすたびに軋む音がしているが、ちゃんと車輪はついているし、ひとまず乗る分には問題はなさそうだ。これなら三角頭の移動の繋ぎ程度にはなる。

「ありがとう」

お礼を言うとナースもどことなく嬉しそうにしていた。早速車椅子に乗ってみようと、私は膝くらいまてかけていたシーツを取って身体を車椅子に向ける。
私の身体を支えようと近づいてきたナースを、私は手で遮る。表情が無いナースはきょとんとした様子を見せる。

「1人で乗るわ」

そう言うとナースはこくりと頷いて私を見守るようにしながらも数歩離れた。

意地を張った部分もある。でも、それよりも1人で、再び自由に動けることへの魅力の方が強かった。
足は未だ動かそうとするたびに痛みを訴える。それでも我慢して、変な力を加えればすぐ向こうに行ってしまうそうになる車椅子を抑えつけて、ようやっとベッドから乗り移る。

零れる深い溜息。移動するだけでも結構疲れた。これは1人で乗るのは大変だ。慣れていないといとも簡単に転がってしまいそうだ。

先が思いやられるとひとりごちていると、どこからともなくサイレンの音が鳴り響いた。
少し前までは恐怖の対象でしかなかったが、今日はほんの少しだけ楽しみだ。

そうだ。いつも、三角頭に迎えに来てもらっているのだから、今日は出迎えてやろう。
あの金属の頭は表情なんてまったくもって分からないが、きっと彼も驚くに違いない。

私はナースを後ろに従えて、不慣れな手つきで車輪を回していく。
ゆっくりと進む私の後ろを、ナースもゆっくりとついてきてくれる。

ちょうど三角頭が大鉈を引きずっている音が聞こえてきて、私とナースはそちらの方へと移動していく。角を曲がった時に、別のナースと歩いている三角頭を見つけた。

「三角」

彼を呼ぶと、赤い金属頭は私の方に向き、ぴたりと一切の動きを止まった。
なんとも彼らしい驚き方だと思いつつ、私は彼に近づいていく。


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