すると、三角頭と一緒にいたナースが急に走り出して、私の後ろにいるナースの両肩を掴んで揺さぶっていた。
攻めているかのようなその仕草に疑問の目を向けていると、突然、私と一緒にいた方のナースの片腕が飛んだ。

弾け飛ぶ赤色と声無き絶叫。見ると三角頭の大鉈に真新しい血。私に降り注ぐ、赤い雨。

「なん、で」

呆然と呟く私の声に反応して、三角頭の先端が私へと向く。そして彼から溢れ出している殺気を感じて、私の身体が硬直した。自然と短く浅くなる呼吸は命の危険を全力で伝えていた。

私を包んでいる恐怖。ずっとずっと忘れてしまっていたもの。

血の香りがそこら中に充満している。未だに殺気を放っている三角頭から視線を外せない。
私の身体をじわりと濡らしている血は異常な程不愉快で、でもそれを拭ったりする余裕すらなく、三角頭を見つめて、そして恐怖で息が浅くなる。

彼を怒らせた。咄嗟に浮かぶのは死。

向けられた大鉈にぎゅうと目を閉じていると一瞬の浮遊感。次に訪れる浅い痛み。
だがそれは死に至るようなものではなく、自身の状態を確認した時に、ようやっと私が今まで乗っていた車椅子だけが破壊されていることに気が付いた。

彼の怒りの原因は、私が勝手に移動しようとしたこと…?

「ご、めんなさい…」

謝罪が私の口から小さく零れる。じわじわと痛み出す無くしてしまった足。壊れた車輪が虚しく回る音がやけに大きく聞こえる。
目の前に立った三角頭が、私の腕を乱暴に掴み上げ、今までの彼ではありえないくらいに荒々しく私の身体を担ぎ上げた。

三角頭は私の身体を抱え上げて、ゆっくりと歩き出す。がたがたと彼の肩で震える私は逃げることなんて出来ずにただただ運ばれていく。
大鉈を引きずる音が大きく聞こえて、私の耳に残り続けて、頭の中に反響し続ける。

恐怖に吐き気が込み上げてきた頃、辿りついたのは私がいつも眠る寝台だった。
三角頭は私の身体を乱暴に寝台に落とし、そして私を寝台に縫い付けるように四つ這いで覆いかぶさってくる。

襲いかかる別種の恐怖。ぎゅうと身を縮めていると物言わな三角頭は静かに、だが確実に溢れる殺気を静かに収めていった。
ぎしりと壊れそうな音を立てたベッドから三角頭はゆっくりと離れるが、私の腕だけはしっかりと握ったままだった。

ぎりぎりと骨が軋むような音が聞こえ、痛みが私を責め立てる。それでも、やめてとは今は言うことは出来ず、私は小さく震え続けていた。

その日、私は病室を出ることはなく、血錆が消えるその瞬間まで三角頭も決して私の腕を離そうとはしなかった。
それは私を逃すまいとしているようで、逃げられるわけもない私は三角頭から視線を逸らせずにいるばかりだった。

長い時間が経った。血錆の世界が終わり、白い壁が戻ってきたあとも、私の手には消えた三角頭の手形が残されていた。
ずっと死の恐怖に怯えていた私も、ようやく長く深呼吸をすることが出来る。死ななかった事実だけが私を少しだけ安心させた。

三角頭がいなくなったのを見計らって、心配したナースが近づいてきた。
だけど、その子は私に車椅子を持ってきた彼女ではなくて、両腕のついたナースは私の怪我の状態を確認していた。

気絶するように私は眠りに落ちる。

私のせいで片腕を無くしてしまったあのナースは、それから2度と見ることがなかった。
私を避けるようになったのならいい。でも、2度と会えなくなったということも、考えないわけにはいかなかった。


†††


目が覚め、再び血錆に塗れた世界と一緒に出会った三角頭は、車椅子の事など忘れているかのように、いつものように私を肩に乗せて散歩をし始めた。

「……ねぇ、今日は小学校の近くに行きたいわ」

そう頼めば、物言わない三角頭はゆっくりと頷いて、踵を小学校の方角へと向ける。
彼はどこか満足そうにしている気がする。逃げることの出来ない私を、彼はどう思っているのだろう。

揺れる三角頭の肩の上。落ちないように赤い金属の頭に触れる。
金属の表面はざらざらとしている。それは錆と、固まった血。少し撫でると私の指先を赤黒く染める。不快感は、今はもう感覚が麻痺していてあまりない。

どうしても表情を暗く落としていると、私の身体に触れる大きな手。急なことにびくりと驚くと、私に手を伸ばしていた三角頭が足を止めて固まっていた。
何か言おうとして言葉を迷っていると、三角頭は止めた手を再び私に触れさせて、器用に肩に乗る私の頬を撫でる。

安心させようと私を撫でる彼の手は、酷く冷たかった。

「ごめんなさい。少し考え事してたの」

そう答えて私はその冷たい手に、自ら擦り寄っていく。
三角頭はまた不自然に固まったあと、もう1度私の頬を優しく撫でてから、緩慢な動きでまた私が望んだ方へと動き出した。

三角頭は私を守ってくれている。何故かは聞けない。
彼が私を守らなくなった時、それは私が死ぬ時だから。

私が腕を回す金属の頭は冷たくて、でも、それしか今は縋れない。

私はこれから先もサイレントヒルにいる。

きっと、ずっと。


◆クロキサゾラム

ベンゾジアゼピン系の抗不安薬の一種である。神経症の不安・緊張・抑うつ・強迫・恐怖・睡眠障害、ならびに心身症(消化器疾患、循環器疾患、更年期障害、自律神経失調症)の身体症状と不安・緊張・抑うつ、手術前の不安除去に適応がある。

連用により依存症、急激な量の減少により離脱症状を生じることがある。麻薬及び向精神薬取締法の第三種向精神薬である。
医薬品医療機器総合機構からは、必要性を考え漫然とした長期使用を避ける、用量順守と類似薬の重複の確認、また慎重に少しずつ減量する旨の医薬品適正使用のお願いが出されている。


(Wikipediaより引用)


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