あいまいな眠りの中で
夢見るのはあの町

そんな文章から始める手紙を、レイクビューホテルの一室で見つけた。その手紙は血錆に塗れた世界においても純白を保っており、やけに目を引いて思わず手に取ってしまったのだ。
ぼろぼろなブラウン管テレビの前にある、ぼろぼろな1人掛けソファに座り、私はその手紙を静かに読んでいた。

純白の手紙に綴られるのは、逃れられない病を抱えた彼女の最期の想い。

一文一文ゆっくりと、噛み締めるように読み進めていく。
私は彼女に会ったことがない。私は彼に会ったことがない。
きっと、この手紙は私が読んでいいものではないのだろう。
でも、読み始めてしまった手は、目は、止まらない。

ソファに座る私の隣には、じっと私を見下ろす三角頭の姿。三角頭はいつも引きずっている大鉈を床に突き立てて、身動き一つせずに私が手紙を読み終えるのを待っていた。

そうして、結局最後まで目を通してしまってから、私は読了感にはぁと深い溜息をつく。少し疲れた。強い想いは他者には疲れてしまう。
ソファの背もたれに身体を預けて、全く動きを見せない三角頭を見上げた。いつも思うが本当に彼は何を思って私の面倒を見てくれているのだろうか。
三角頭の先が私の方へと向かう。彼の目線が何処にあるのかわからないけれど、それでも確実に視線を混ざり合わせて、私は彼に手を伸ばした。

「行きましょ」

声を掛ければ、いつもであれば私が伸ばした腕に合わせるように手を伸ばし、私の腰を持ち上げて軽々と肩へと乗せてくれる三角頭が、今日はじっとソファに置かれた手紙を見ていた。

「どうしたの?」

不思議に思って問いかければ三角頭は緩慢な動きで手紙を指さした。私はきょとんとしつつも、三角頭が示すように手紙を手にする。
もう1度問いかけようと彼を見上げれば、その時には私の身体は彼に担がれていた。
急な動きに私は不満げに金属の頭をカンカンと軽く叩く。私も随分と異形の彼らに慣れたものだ。

三角頭は私の不満をものともせずに、床に突き刺した大鉈を引き抜く。
その床に広がっている血は、私を連れてきたあの男のものだろう。

ここは三角頭と最初に出会った場所だ。

三角頭が殺した男の死体はこの部屋に入った時には既になかった。三角頭がこの部屋に近づく度に、警戒していたけれども、部屋に入り、死体が無いことに実は安堵していた。
この世界に来て、人間の死体は見たことあったけれども、流石に見知った顔の死体が無くて良かったと思ったのだ。

最初はひと目で見て危険と感じる三角頭が恐ろしくて、文字通りの必死の思いで逃げていたというのに、今ではそんな彼の肩に乗って呑気に欠伸をしている。
地面を引きずるこの大鉈の音も、あの時は耳にこびりつくぐらいにずっと聞こえてきて、恐怖を助長させていたというのに、今では気にもとめないBGMの1つだ。

三角頭は私を連れてどこかへ向かっている。
質問しても答えは返ってこないし、私はサイレントヒルの町並みを眺めながら三角頭が目的地まで行くのを待っていた。

暫くしてついたのは大きな湖。トルーカ湖だった。

ぴたりと足を止めた三角頭。私が視線を三角頭に向けると、三角頭は真っ直ぐに指先を湖の中央へと向けた。
私は手に持っていた手紙を思わず胸元に引き寄せる。だけど三角頭はただ真っ直ぐに指先を向けるだけだった。

抵抗するように黙っていた私だったが、悩みつつも三角頭の肩の上で身を乗り出すようにして、手紙を湖の上に翳した。

「本当にいいの?」

手紙を握ったまま私は三角頭に改めて問いかける。もしかしたら三角頭が示した行動が、私の思い違いかもしれないし。
この手紙をもう誰も読めない状態にしてしまっていいのか、私には判断できなかった。

だが三角頭は小さく頷くだけだった。
一瞬押し黙った私も、まだ悩んだあとにぱっと手紙を手放した。

手紙はひらひらと重力に従ってトルーカ湖に落ちていく。手紙は湖面に数瞬浮いて、すぐに沈んでいった。

見えなくなってしまった手紙を見送って、私は三角頭に顔を向ける。

「よかったの?」

問いかけると、三角頭は再び小さく頷く。そう言えば、今日の三角頭は真っ直ぐにあのホテルの一室に向かったし、もしかして私があの手紙を見つけたのも、三角頭の思惑通りだったりして。
何かの理由があって、手紙をこの湖まで運びたかったのだろう。でもそれだったら。

「自分で持ってきたらよかったじゃない」

そう言えば、三角頭は短く肩を揺らしたあと、自身の血に塗れた手を私へと見せた。
確かにあの手紙は血なんて全くついていなかった。この世界では不自然なほどに。
それぐらい血をつけたくなかったということか。

「……私には触る癖に」

溢れた私の声は随分と不満げだった。ナースがいつも何処からか新しい服を用意してくれているため、私は綺麗な服に着替えることができる。
でも血塗れの三角頭が私を抱えるたびに、服にはすぐに赤黒い手跡がつく。
三角頭に抱えられなければ移動できないものあって、服の汚れ程度で文句は言わない。
第一もうそんなことを気にしてもいられないし、大して気にもならないくらい血には慣れてしまっている。

だから彼が私に触れること自体は不満ではないのだけれど。そんな仕草をされたら、あの手紙と私の優先順位が気になるじゃないか。

拗ねたようにふいと顔を背けていると、三角頭は動揺しているのか空いた手を右往左往させていた。
なんだかその仕草が面白くて、私は少ししたらくすくすと笑い出してしまった。三角頭は困惑しているかのようにぴたりと動きを止めていた。

「怒ってないわよ」

声をかけて三角の頭に触れる。彼の頭にこびり付いた血が私の手を汚すが、それはもう些細なことだった。
三角頭はまだ少し止まったあと、ゆっくりと歩き出す。私を支えてくれる手がいつもより力強いのはきっと気のせいではない。

この先は病院だ。血錆の世界が終わる前に私をナース達のいる病院に連れて行ってくれるのだろう。

そう思ったら少し眠たくなってきた。夜の感覚なんてもうなくなってきている私は、できるだけ三角頭がいない時に眠るようにしている。
それでもやっぱり私を守ってくれる三角頭がいる方が安心して眠れる。ナースではあのウサギには勝てないもの。

「ねぇ、次に会う時は、」

襲い来る睡魔から逃れようとはせずに、三角頭に寄り添う。私の腕を緩く握っている彼に話しかける。
返事はいつも言葉では返ってこないということを知っているけれど、それでも何回でも私は彼に話しかけてしまう。

話し方を忘れてしまわぬように、人を忘れてしまわぬように。
こんなに化け物に溢れている世界でも『私』でいられるように。

「次に会う時は、湖の周りを散歩したいわ」

そう言えば、三角の頭がゆっくりと上下に動く。彼の腕の力が強くなる。

きっと彼が本気を出せば、私の腕や身体など簡単にふたつに折れてしまうのだろう。だけど、腕の力はあくまでも私を潰さない程度に強められただけだった。
あやすようにとんとんと2回ほどその腕を叩くと、またゆっくりと力が緩んだ。私はそうしてくすりと笑う。

そんなに強く抱きしめなくたって、逃げたりなんかしないわよ。

口にはしないけれど、そう思って三角の頭を優しく撫でて、私からも彼を抱き返した。
ちょっとだけ予想してた通り、三角頭が不自然にぴたりと固まった。思わず私はからからと笑った。三角頭が不機嫌そうに再び歩き出した。

私は今もこのサイレントヒルの世界にいる。



(プレガバリン)

プレガバリンは、神経障害性疼痛に用いられる医薬品である。欧州ではてんかん、全般性不安障害 (GAD) の承認もある。服用中止の際の離脱症状や、依存の可能性がある。
乱用の可能性は明らかであり、アメリカの規制物質法のスケジュールV、イギリスの1971年薬物乱用法のクラスCに指定されている。
類似した薬剤であるガバペンチンよりも早く吸収され、同様に、陶酔と鎮静の混合作用を引き起こすと考えられる。

疼痛信号の中枢神経系への伝達を抑制し、疼痛を緩和する。副作用は浮動性めまい、傾眠、浮腫など。
医薬品の添付文書には、急な投与中止により、不眠、悪心、頭痛、下痢、不安や多汗症といった症状の可能性があるため、1週間以上かけて徐々に減量する旨の注意書きが記載されている。

日本では2010年より商品名『リリカ』として販売されている。

(Wikipediaより引用)


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