私はサンフォード・ストリートの長い道を進んでいた。

進んでいるといえども私ひとりで歩いているわけではなく、大鉈を引き摺る三角頭の肩に乗せられての移動だ。
三角頭の肩に腰掛ける私の両足は異常な程に軽い。それもその筈で私の足先は途切れたように綺麗になかった。

この悪夢だらけのサイレントヒルに来た日にウサギの姿をしたロビーに手斧で叩き切られた。
それなのに今私は生きているし、三角頭は何故か熱心に私の警護と移動手段になってくれるしで、私の悪夢はまだまだ続いている。人生何が起きるかわからない。

ゆらゆらと揺れる彼の肩は少し不安定で、すぐ近くにある金属の頭を軽く抱き寄せてバランスをとる。
私の身体は三角頭のせいで既に血で汚れている。でも血なんてもう気にもしてない。それぐらい、血は見慣れたものだった。

ギィ…、ギィ…、と音を奏でる大鉈。ふわりと欠伸を零して、こてりと三角頭に身体を寄せると、その時、空から雨粒がぽつりとひとつ零れてきた。
ぱちくちを目を瞬かせ、空を見上げると、ひとつだった雨粒が徐々に数を増して、気付けば雨が降り出していた。

珍しい。降ってきた雨を見上げると、私を抱えた三角頭も少しだけ空を見つめていた。

「この世界でも雨は降るのね」

しっとりと雨に濡れ始めながらも三角頭にそう言うと、彼は短く頷いて、私を身体をゆっくりとお姫様抱っこへと抱き直した。

驚きにぱちくりと目を瞬かせる私だったが、抱き抱えられてから納得する。この状態だと三角頭の金属の頭によって傘が出来て、私の身体は少しは濡れないようになっていた。

くすりと笑って私も身を寄せて大人しく雨から逃れる。それでもどうしても残った足や髪の毛は濡れてしまうけれど、全身濡れ鼠になるよりかは幾分マシだろう。

雨が降れば流石に霧もはれるかと思ったが、分厚すぎる霧がはれることはなく、辺りは視界が悪いままだった。
三角頭は私と、更にはいつもの大鉈を器用に持ちながら、大通りから外れてシャッターの閉まった店の軒先へと避難する。
その軒先もよく見ればボロボロで結局は雨粒が定期的に降ってはきていたが、大通りの真ん中よりかは雨を凌げていた。

「雨宿りね」

声をかければ、三角頭は静かに頭の先を、私が普段居る病院の方へと向けた。彼からの言葉はいつものようにない。
それでも彼と同じ方向を見つめたあとにはたと気が付いて金属の頭をノックするようにカンカンと軽く叩く。

三角頭は私の身体が雨で冷え切ってしまう前に、私を病室へと送り届けようとしているらしい。

「無理に帰らなくてもいいわよ。貴方が濡れてしまう」

異形の三角頭が風邪をひくことは全く想像が出来ないが、決して厚着とは言えない三角頭が濡れそぼっていたら、見ているだけでもこちらが寒くなってしまう。

「せめて貴方がここに居られる限り、ここに居ましょう」

世界が『表』へ戻るまでは三角頭はここに居られる。三角頭がこのまま居なくなってしまったら、道の端に置き去りにされた私の生死が危うくなるが、三角頭がいる間なら問題は無い。
私の優先順位は、私が生きていられるか、で決められている。でも、問題なく生きていけるのならば次の優先は、私を守ってくれる三角頭に重きを置きたいじゃない。

三角頭は私の言葉を聞いて不自然にぴたりと固まったあと、私の身体を少し強く抱きしめた。苦しい。
私も少しは我慢してあげたが、流石に苦しいので訴えるように彼の腕を数回叩くと、渋々といった風に腕の力が緩められた。
三角頭の怪力で思い切り抱きしめられたら、私の身体なんて簡単に折られてしまう。まだ折られたことはないが、これから先も決して無いようにしなくてはいけない。

そうこうして雨宿りをしている最中。不意に、軽やかな音が三角頭からした。
きょとんとして、三角頭の傘の下から見上げると、どうやら軒下から零れた雨粒が、彼の金属の頭にあたっているようだった。

赤い金属の頭に雨の雫が落ちると軽やかな音が鳴る。雨量によって音階が変わり、速さによってリズムが生み出されていく。
てんてん、かんかん、ぽたぽた、と曲を奏でる三角頭に、暫く堪えていたというのに私はついに吹き出すように笑い出してしまった。
急に笑い出す私に三角頭は見るからに不機嫌そうな気配を漂わせている。私は口元を抑えつつ、謝罪の言葉を口にする。

「ごめんなさい。あまりにも綺麗な音がしているものだから」

くすくすと笑っていると三角頭は不満げに少しだけ首を振るい、流れた雫が飛んでいく。
雨に濡れて三角の金属頭が洗い流されたのか少しは綺麗になった気がする。ちらりと足元を見れば三角頭から流れた雨の雫は血で汚れきっていて、あまり綺麗とは言えない水溜りが広がっていた。思えば何となく鉄臭くも感じる。

彼から流れてくる雫で若干汚れてしまった私は、また三角頭の腕の中で彼に身を寄せる。
抱えなおす三角頭は微塵も疲れている様子を見せない。私も彼が疲れているかなんて気にしたことが無い。

「ねぇ、今度、映画でも見ない?」

心臓の音なんて聞こえない胸に耳を当てて、私は目を伏せる。三角頭はまた少し頭を緩慢に動かして私の言葉に無い耳を傾けているようだった。

「貴方を見てたらなんだか見たくなった映画があるの」

このサイレントヒルの町で見れるかどうかはわからないのだけれども、久しぶりにあの映画を見て、子供ながらに口にしたいじゃない。

こんな夢のような世界で、夢の中の住人である三角頭と、夢の中に取り残された私で。

夢だけど、夢じゃなかった。って。


(俄雨)


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