三角頭の肩に乗ったまま、病室の中を下に向かって歩き続ける。傾いた案内表示から察するに、私は3階の個室に入れられていたようだ。
私の部屋のすぐ近くにはナースステーションがあり、そこには常にナースがいるようだった。ゆっくりと病院内を歩いていると数人のナースと、下半身が2つついたような形の気味の悪いマネキンが病室の所々にいた。

ナースは私と三角頭に向かって顔のない首を向けて、会釈にも似た動きをする。マネキンの方は三角頭が怖いのか、彼が近くを通ろうとすると足だけの身体を器用に動かしていそいそと逃げていった。
道が開けて三角頭が歩きやすくなる。扉を通る時には彼は身体が大きすぎるのか、肩に乗っている私を気遣いながら身を低くしながらくぐっていた。

「ねぇ、なんであの時、私を助けたの?」

外へ連れ出してもらいながら私は三角頭に問う。あの時というのは私がウサギに殺されかけた時だ。あの時、私は両足を失い、ショックや多量の出血ですぐにでも死ぬところだった。
気絶してしまって詳細を私は覚えてはいない。でも助けてくれたのは三角頭だろうと確信していた。あの場所には彼しかいなかったのだから。

疑問を口にはしたが、三角頭は言葉を持たないし、私も彼を理解できない。質問は元から意味を持ってはいなかった。
私は口を閉じ、三角頭も元から話さない。疑問はうやむやになったままになり、病院から出た私達は深い霧の中にいた。

久しぶりの外に私は深呼吸をする。血生臭い三角頭の肩に乗っているせいか、気分が爽快とまではいかないが、むしろ咳き込みそうだが、まぁそれなりに気分転換にはなりそうだ。
以前の私よりも高い視線の位置に少し恐怖もあったが、それ以上に外に出られた喜びの方が大きかった。

自分の足で動くことは出来ないが、彼はきっと私が望む場所へ連れて行ってくれるような気がした。この街の外以外ながらどこへでも。

「どこに連れて行ってくれるの?」

今は行方もなく歩いているであろう三角頭に聞く。今度も答えを得るのは難しいと思ったが、三角頭は私を支えている手とは逆の手で近くの看板を示して答えをくれた。
看板を見るとそれは薄く汚れたショッピングモールのポスターのようで、三角頭はここへ連れて行ってくれるらしい。とことん私の気分転換に付き合ってくれるようだ。

ポスターはわかりやすい地図付きで観光客用の案内にも見えた。私は静かに町並みを見つめながら小さく呟いた。

「……そういえば、観光地だったのよね。ここは」

私の声が聞こえたらしき三角頭はまた少し止まったあと別のポスターを指さした。
それにはサイレントヒルで行われるお祭りのお知らせが書かれていた。それがなんだというのだろうか。
不思議に思っていると、三角頭はそのポスターの日付のあたりを指す。私はそれに違和感を覚えて言葉に出す。

「…これ、開催日が一週間後じゃない。
 どういうこと? このポスターが張られたのってそんなに昔のことなの? …それとも『貴方達』が来たのって最近?
 ……まさか、貴方達のお祭りじゃあないでしょう?」

沢山の疑問を一気にぶつけると三角頭は微かに身体を震わせていた。音はないにしても笑っているのかもしれない。
私にとっては沢山の疑問だろうが、三角頭にとっては当たり前の光景なのだろう。

「………もう、貴方の声が聞きたいわ」

この世界について知らないことが多すぎて私は溜め息をついてしまう。
唯一言葉を扱えるウサギはトチ狂っていてもう2度と会話したくないし、ナースは文字を扱えるといっても大抵は小首を傾げて終わらせてしまう。

意外ときちんと話してくれそうな三角頭の言葉さえわかればこの世界のことも、何故三角頭が急にその金属の頭を震わせ始めたのかもわかるというのに。


◆ラニナミビル

インフルエンザ治療薬。商品名は「イナビル」。
剤形は吸入薬であり、専用のパッケージに入った粉末体を気道から吸入することによって投与する。ノイラミニダーゼ阻害薬として、細胞膜でのインフルエンザ・ウイルス遊離を阻害し、インフルエンザ・ウイルスの増殖を防ぐ。長時間作用し、単回投与で5日間程度作用する。

抗インフルエンザ薬としてA型、B型のインフルエンザに作用する。


(Wikipediaより引用)


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