ショッピングセンター内をゆく宛もなく暫く歩いていると、その時三角頭が急に顔をあげて、天井を見つめ始めた。
暫く彼は天井を見つめたあと、私の身体を抱え直してそのまま近くにあった机の上にあったものを全て床に落とし、そして幾分綺麗になった机の上へと静かに私を下ろした。

「……行くのね?」

この赤錆の世界が元通りになるのだと悟り、私は三角頭を見ながら問いた。三角頭は短く頷き、入口にそこらじゅうのガラクタを積み上げてバリケードを作っていく。
外側から誰も入ってこないように壁を築いているのだろう。私は下ろされた机の上から移動することが出来ないまま、作業を続ける三角頭の背に言葉を投げかける。

「大人しく待っているわ。
 誰にも襲われないのならば問題はないから」

そう言うと私に振り返って再び短く頷く三角頭。するとあたり一面の赤錆が剥がれていくように宙に消え始めた。世界が元通りになるともに三角頭の姿も剥がれ落ちるように消えていく。

三角頭の姿が完全に見えなくなり、世界が静寂に包まれたところで、私は先のない足を見つめながら不満げな言葉を零した。

「待っているとは言ったけれども…、暇に変わりはないわね」

そんな不満をひとりごちて、私は欠伸をしながら机の上に横になった。彼が戻ってくるまで一眠りしよう。


サイレンの音が鳴り響いて私はゆっくりと目を覚ました。欠伸をしながら身を起こし、神出鬼没の三角頭が現れるのを待つ。

私の順応能力はこんなに高かったのだろうかと思うほど、私は冷静に三角頭の帰りを待っていた。
まぁ、彼がいないと私は動けないし、命の危険もあるから早く帰ってきて欲しいことは事実なのだが。

ガタガタと扉の方で音がする。どういう原理かわからないが、今度は扉の外側に出現したようだ。
どうやら消えた場所から再び出現するわけではないらしい。まだまだ私にはわからないことだらけだ。

「三角?」

彼をなんと呼ぼうか迷って、私はただそれだけを口にする。ガタガタと鳴っていた音が急に止み、待っていると突然大きな音と共に大鉈がガラクタのど真ん中を突き破ってきた。
自分で作ったバリケードを突破できなくてイライラとしたのかもしれない。

強行突破で乗り越えてくる大鉈が彼らしくて、それをなんとなく面白く感じてしまって、苦笑を零しながら彼が現れるのをただ大人しく待った。

そして三角頭に再び声を掛けようとしたところで――バリケードを突き破ってきたその腕を見たところで、私の身体が恐怖で固まった。

突き破ってきた腕は、あの三角頭のものとは違って浅黒い色をしていたのだから。

なによりも、崩れかけたバリケードから見えるその姿は、前に見た赤い頭を持つ三角頭ではなく、大きな彼よりもさらに一回りほど大きな身体を持つ、黒い金属の頭を持つ何かだったのだから。
頭はかろうじて三角型の金属であり、私の知っている三角頭と同じ種族だということはなんとなく理解できた。
だが理解できるのもそこまでで、頭の中で危険感じ取ってサイレンが鳴る。

私が驚く間、黒い三角頭がバリケードを完全に突破し、その姿を見せた。

浅黒い肌、黒い金属の三角頭は大きなビスが何本も止められており、血のようなものが所々こびりついている。
私の知っている『彼』は肉屋のエプロンのような白衣(白くはないが)を着ていたのに対し、目の前の相手は下半身にだけ何か革のような、布のようなものを巻きつけており、縫い合わされた生地は足元まで覆い隠していた。

「………貴方、誰…?」

直感的に私と一緒にいた三角頭ではないということを悟り、私はゆっくりと問う。黒い三角頭はゆっくりと私の姿を確認し、そしてあの大鉈を徐に振り上げた。サァと血の気が引いた私は机の端に手をかけて、机からどうにか飛び降りる。
着地とともに轟音。足に激痛が走るが今まで私がいた場所に振り下ろされている大鉈を確認し、痛みに悶えている場合ではないと悟り、必死に這いつくばって逃げようとする。

あぁ、でもきっともう逃げられない。

「嫌…! 誰か助けて!!」

最期のもがきだとでも言うように私は悲鳴を上げる。黒い三角頭はそんな命乞いなど聞き飽きているとでも言うかのように、なんの変化も見せないまま再び大鉈を振り上げ始めた。折角助かった命だが、私はやっぱり死ぬらしい。

訪れる2度目の死を覚悟し、涙を浮かべながら目を閉じていると再び響く轟音。驚きに目を開けると、かろうじて残っていたバリケード突破してきた赤い三角頭が現れた。確証はないが、今まで私と一緒にいてくれた三角頭で間違いないだろう。

「三角…?」

呆然と彼を呼ぶと、三角頭は私の姿を見たあと、黒い三角頭へと大鉈を向けた。対する黒い三角頭も赤い三角頭も大鉈を向け返す。数瞬すると大鉈同士が打ち合わさる鈍い金属音が空間に響き渡った。

私は2体の三角頭を交互に見ながら、思い出したかのように襲いかかる痛みを堪えるために足を抑える。彼らの戦いに巻き込まれないように痛みを堪えながら壁に寄り、もたれかかっているとバリケードの残骸のあたりからひょこりとあのウサギが顔を出した。ウサギは現れた瞬間から物騒な発言をする。

「なんだか可愛い悲鳴が聞こえたんだけれど…、あぁ、やっぱりセニョリータだァ。
 どうしたのォ?」
「ねぇ、あれ…。三角頭が2体もいるわ」

ぽたぽたと歩いてきた大きな着ぐるみ姿のウサギ。

殺傷能力の高いその大きな姿であるにも関わらず私は疑問の方が優って、三角頭達を指差してウサギに問う。
ウサギは変わらない笑顔のまま、小首を傾げて可愛らしく頬に手を当てていた。(可愛いかと聞かれたら全力で否定したい)

「あれェ? セニョリータは初めて見るんだっけェ?」
「えぇ…」

そこでちょうど三角頭達の使う大鉈が私の少し前、ウサギの腕を貫いて壁に突き刺さった。
飛び散る鮮血。私が驚きに肩を震わせていると、赤い方の三角が何事も無かったかのように壁に突き刺さった大鉈を抜き取り、再び黒い三角へと向かっていった。

残されたのは片腕から血を流すウサギと、恐怖と驚きに動けない私。
ふるふると微かに震えていたウサギ。気が付くといつのまにか血が流れているその腕には、以前私の足を切り落とした物と同じ手斧が握られていた。

もしかして、怒ってる?

「おめーらはどんだけ馬鹿なんだよ。いっぺん地獄を見とくか、セニョール!」

やはり怒っていたようだ。そして、さっさと行ってしまった。
ここの連中は誰も彼も私に状況を教えてくれないようだ。

赤い方の三角頭は間違いでなければ私を守ってくれているのであろう。ならば黒い方の三角頭は敵?
だからといって赤い三角頭を応援する気にはまだなれない。

だがきっと、赤い三角頭が居なくなった時が私の死ぬ時だろう。

戦いの行方をただ見守っていると、何処からともなくヒールの音が聞こえてきた。そちらに顔を向けると瓦礫の隙間からナースの姿。
私と会ったことのあるナースのようで、私に気付くとすぐに近付いて来て、私の足の具合を確認してくれた。

「ナース。ここまで来てくれたの?」

短く頷くナース。ナースは私の足に触れることなく状態を確認したあと、ちらりと三角頭達を見てから私の隣に腰を下ろした。
赤い三角頭と仲がいいように思えたが、止めたり加勢したり…、何かアクションは無いのだろうか。

「…ねぇ、彼らあのままじゃ」

控えめに声をかけると、ナースは胸ポケットに差していたペンで「私には止められない」と書いて私に見せた。

「そうかもしれないけれど…」

じゃあいいのかな。と思い直して再び彼らの戦いを見守る。私にだって彼らを止めることなんてできないのだから。


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