伝説の犯人


新年早々、御前も暇だな、と連絡受けた世谷署捜査一課の刑事達は思った。
「出て来たのか。」
最寄り交番からの連絡を切った課長は、受話器から完全に手を話すと、前屈みになって笑った。
今から連行される此の犯人、公然猥褻前科三犯、窃盗二犯、と何とも馨しい二十五歳の青年である。
「公然猥褻でした、なので、半年ですね。」
公然猥褻に適応される刑務期間満期で男は出所し、出所早々、新年早々、公然猥褻を働いた。
唯此の男、唯の変質者では無いのだ。
初めて男を取り調べた世谷署刑事達は、てっきりパフォーマーだと思ったのだ。課長の第一声が、貴様は鳥肌実なのか、其れを聞いた刑事達が笑い転げた。
やっている事が鳥肌実の芸風そっくりで、だからこそ、パフォーマーだと信じた、だから実刑にしないよう動いたが、実際は唯の露出狂のマゾヒストな他無く、望み通り刑務所に送り込んでやった。
そして出所し、同じ事を繰り返す。
此処迄犯罪を期待される犯人も珍しいが、毎回毎回、今回はどんな格好なんだろう、と全員の胸を躍らせる。
「科捜研、呼ぼうよ。」
あの伝説の男を、警視庁の科学捜査研究所のメンバーに見せてやりたい、木島和臣は携帯電話を取り出し、課長はニヤついた。
「新年だ、屹度派手だ。」
「やべぇ、早くこねぇかな…」
前回の格好を思い出す井上拓也は、横隔膜を痙攣させる勢いで笑い、男の到着を待ち望まない唯一の刑事が本郷龍太郎である。
前回、奴は盗んだ女性用下着を装着し、馬のラバーマスクを被り、足袋を履いた格好で踊っていた。食欲の秋、読書の秋、露出の秋、パラダイス、パラダイスで御座いますよ皆様、と公園の滑り台の上で日舞を踊り、調べると此の男、有名な流派の家元の息子で、かなりきちんとした家柄なのだ。
公園に居た老人に通報された。大人は唖然とし、女児は余りの気持ち悪さに泣き出し、男児は釣られてパラダイスで御座います、と同じに踊り、馬鹿な真似は止めなさいと母親に止められていた。
其の前の公然猥褻は、突如電車中で、公開ストリップで御座います、お花は股間にお願い致します、一万円からでお願い致します、無職で御座いますので、とTバックショーツとルーズソックス、女児向けアニメの美少女キャラの面に緑の鬘を被り、乱舞した。お馬鹿な女子高生や男子高校生でさえ写真撮る事も忘れ呆然させた。

Twitter、Facebook、2ちゃんねる、何でも御座れで御座います、ワタクシ、晒されるのが楽しみな男であります。失う物はもう何も無いのです!親父から勘当されたので御座います!無職!絶賛無職で御座います、何方か雇って頂けませんか!

因みに、国内最大知名度を誇る掲示板には何故か男のファンが沢山おり、又かよ此奴、と愉しませている。
聞こえるサイレン、祭りの始まりだ、と全員窓に張り付いた。
「あっはっは!」
パトカーから降ろされる男の姿に課長はしゃがみこんで笑い、木島は慌てて写真を撮った、そして其れを科捜研の化学担当、長谷川秀一に送った、初めて見る加納馨は、何ですあの変態は、と開口し、井上は一目散に部屋から出、入り口迄迎えに行った、本郷は、取り調べの準備を始めた。
「新年!おめでとう御座います、世谷署の皆様!」
ぴーー、と咥える三つに分かれる巨大なピロピロ笛を鳴らし、相変わらず裸である。
「新年の舞で御座います。」
ピーー、と笛を鳴らし乍ら入り口で舞う男は、井上を見るなり、参りました、と大人しく後に続いた。
「課長さん!ご無沙汰しております!ニューイヤーで御座います!」
「花だ、ほら花だぞぉ。」
涙を流し乍ら笑う課長は、五枚の一万円札を男の尻に挟んだ。尚此の花は、此処を出る時きっちり課長に返還される。
今日の格好は、背中に謹賀新年とマジックで書き(詰まり書いた共犯が居る)、巨大な伊勢海老を丁髷のように頭に乗せ、白ブリーフに真っ赤な網タイツ、白いスニーカーを履いていた。そして、日の丸と鯛の描かれる扇子を持っている。顔には鼻眼鏡を掛けている。
此の男、股間と顔だけは絶対に出さない。聞くと、流石に顔が全世界に晒されると、父とお弟子さん達に申し訳なく、又、次期家元になる兄に迷惑が掛かる、ともう既に迷惑掛けて居るのに、其処はしっかりしていた。
行動も格好も奇怪だが、取調室に入り、顔を見せると、瓜実顔のすっきりとした目鼻立ちを持つ、丁寧な言葉できちんと受け答えする好青年になる。
一番最初、二十三歳の時、何故そんな行動をするのか、取り調べなので犯行理由を聞いた。男は綺麗な一重瞼を持つ目で課長を見据え、家の重圧に耐えられなかったのです、と答えた。

私は幼い頃から家元である父を見、父であり乍ら師範である父の背中を眺めて参りました、父は一度として私を我が子とは見て下さらず、弟子として育てておられました。私を兄を差し置き、次期家元にすると決められた時、絶対に嫌だと、思ったのです。ですので、破門されよう、そう、思った次第です。

なので、するならとことんしてしまおう、と云う発想で、課長の読み通り、鳥肌実を見た時、此れにしようと実行したらしかった。
最初は執行猶予で、次で実刑を喰らい一ヶ月、回を重ねる事に期間が延び、今では公然猥褻での刑務期間の最高六ヶ月を全うしている。
執行猶予付いた初犯で既に破門されたのだが、此の男は違った、露出し、奇妙な行動を取り、其れによって騒がれる事に、途轍も無い快楽を覚えたのだ。
最初の一回は、確かに父親への抗議だったのだが、二回目からは趣味になってしまった。下着窃盗は、より変態に近付く為には矢張り女性物の下着だ、と思い、然し買う勇気は無く、ベランダに干してあった四十代女性の下着を失敬した、御丁寧に、申し訳ありません、拝借します、洗ってお返しします、と書いたメモを、取った下着の代わりにクリップに留めた。女性の下着を盗む事に性的興奮を覚える変態では無く、趣味を一層潤わす為に必要だから仕方無し盗んだ、と云うだけである。
当然盗まれた四十代女性は、要らないわよ、と怒っていた。もっと良い下着を横に吊るしてたのに、なんで敢えてこっちを盗んだの?とさえ云った。理由は、肌色の方がより卑猥だから、此の草臥れた感も良かった。
男の姿を動画で撮る木島は、新年早々本当めでたい、と喜び、写真を送った秀一から、ど変態わろす、嫌いじゃない、と返事を貰った。なので動画も送ってやった。
動画を貰った秀一はフルスクリーンで再生し、ゲラゲラ笑った。同時に見る科捜研メンバー、全員ドン引いていた。斎藤八雲でさえも、だ。
「万札が一層面白い、誰だよ、花やったの、あはは。」
「あかん、こらあかん…、あかん奴や!」
「ううん…病んでるな…」
「先生ぇ、如何しよう…、気持ち悪過ぎて指先が冷たい…」
「あっためたげるから。早よ消しなさい、長谷川。」
そんな科捜研の状態等構い無しに木島は動画を送り続け、秀一は再生しては喜んだ。
YouTubeに上げて良い?と秀一が聞くと、木島は男に、YouTubeは良いのか?と聞いた。
「御覧の皆様、今日は!二0一五年、賀正!」
「いや、今、一月四日だよ。」
「嗚呼、そうでした、ニューイヤー!ニューイヤー!皆様ニューイヤーで御座います!御勤め、お疲れ様で御座います!公務員に休みは御座いません、働け犬公!御国の為に!お疲れ様に御座います!此処は世谷署で御座います、第二の我が家であります!男前の刑事さんばかりですので、皆様どうぞ、レッツ露出!」
「さ、そろそろ御前も勤めに入って貰おうか。」
「はい。」
課長に肩を叩かれた男は、一気にテンションを低くし、振り翳していた扇子を畳んだ。其れをブリーフに差すと、終わりで御座います、お騒がせ致しました、と一礼し、取調室に入った。ブリーフに挟まる扇型の万札が又シュールだった。
「ええ!?普通!」
「まともなんか、此の人!」
動画を見ていた菅原時一と八雲は、男の豹変に口元を隠し、漸く菅原宗一が笑った。
「ぶっ壊れとる。あはあは。嗚呼な、パフォーマーか。」
「えー、本物見たかった!」
矢張り木島の思った通り、秀一は本物を見たいと云った。
「彼奴等も、大変やな。」
「絶対楽しんでるでしょ、向こう。」
と時一は云う。
「あのパンツに挟まってた万札、やっぱ彼の方が挟んだのかな。」
「彼奴以外、誰が挟むんや…」
科捜研メンバーが思ったのは唯一つ、寒くないんだろうか、という事だった。
「御前、寒くないのか?」
「寒さが過ぎて、もう何も感じない所に迄来てしまいました…、矢張り、冬は止めて於くべきでした…、新年という事で、皆様にご挨拶をと思ったのですが…」
男は泣き乍ら差し出された珈琲カップを握り締め、服を貸して貰った。
窓の外を見た本郷は、落ちて来た雪を目で追った。




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