064 ブラックレイン




 桟橋には、ちょうど4人用のボートがあった。太一、タケル、栞を合わせて三人、更に人間と同じくらいの体をしているのはアグモンのみだし、パタモンはタケルの膝の上、イヴモンに至ってはバックの中に入ってしまえば特に重さなど感じない。
 早速と乗り込んだ太一に手を引かれたタケルもボートに座りこみ、次に栞も引っ張ってもらってボートに乗り込んだ。


★ ★ ★




 ヤマトは、頭痛がするのを抑え、必死に従事していた。
 タケルと離れ離れになる決意をしてから向かった島に居たのは、いつの間にか居なくなっていた丈の姿だった。しかし、ただ単にそこに居たのではなく、無銭飲食をした変わりに働かされていたのだ。あまり器用ではない性格が発揮されたのか、彼はドジばかり踏んで、最初は三日間の契約だったのだが、5日、7日、最終的には14日――つまりは2週間もここで働かされていたらしい。それを知ったヤマトは、『仲間だから』助けようと、とりあえず向こう岸へ置いてきてしまったタケルを迎えてから助けに来るよう言ったのだが――何故かここのオーナーであるデジタマモンにより、卑怯な脅しと共に引き留められてしまった。タケルを迎えに行く暇などなくなり、働かざるを得なくなった。丈は何度もタケルを迎えに行けと言ってはくれるのだが、ここから逃げたら、丈がどうなるか分からない。だから「大丈夫だ」の一点張りで、とにかく早く許してもらえるよう頑張った。幸いにもヤマトは料理が上手いし、手先も不器用ではない。彼自身はすんなりと仕事もこなせるのだが、丈は違った。何をやらせても失敗するばかりで、ヤマトが必死にノルマをこなし、従事する日数を減らしても、その度にまたどんどんと増えて行く。最初のうちは、笑顔で許すこともできたのだが、何度やっても失敗ばかりする丈に、いつの日か、苛立ちが込み上げてくるのが分かった。彼には、『仲間』や『友情』というものが、次第に分からなくなっていった。


(…タケル)


 一人で待っているであろうタケルのことだけが、気がかりで、丈に対しての言葉の節々も冷たくなっていった。
 迎えにいかなければいけないのに――!約束したのに――!それでも我慢しなければいけない。怒りを耐えるよう、じっと料理を見つめた。
 そんな夜、一人で畔に座り込み、ハーモニカを吹いていた。いつの日だったか、タケルと、栞と三人で座り、このハーモニカを吹いたことを思い出す。


「……、栞」


 光とともに、消えてしまった。―太一と、共に。生きているのだとしたら、太一と一緒にいる可能性が大きい。冷たい水の風に頬を拭かれ、自然に目をつむれば、「綺麗な音色だね、石田くん」――「綺麗な音色ですね」――一瞬だけ、彼女かと思い急いで振り返る。ぼんやりと栞の残像が浮かび、すぐに、消えた。
 そこに居たのは、小さなコウモリのようなデジモンだった。


「…誰だ?」
「しがないコウモリデジモンですよ。――しかしあなた、私なんかよりも、もっと気にかかっていることが御有りのようですね」
「え?どうして、」
「楽器の音色は、嘘をつきません」


 図星を言い当てられ、思わず口紡ぐ。コウモリデジモンは、優しく微笑み、続けた。


「お友達のために、自分を犠牲にしていらっしゃる」
「知ってるのか…?」
「ええ。それに引き換え、お友達の方と言ったら…」
「…?丈、か?丈が、何か?」
「わざと、失敗していらっしゃるようですねぇ」
「なんだって!?」


 苛立ちが募っていたヤマトは、当に限界など超えていた。普段なら信じられるわけもない言葉すらも、脳内にすんなり入り込み、心の奥底に絡みついた。


「自分一人、残されるのが怖いばっかりに」
「丈が…そんなこと、あり得ない…」
「ふう」


 それでも、少しの理性が否定する。ヤマトは首を振り、絡みついた蔓を切り裂こうと、力を込めた。しかし、コウモリデジモンは、如何にも哀れなものを見るような眼でヤマトを見やった。


「あなたは人が良くていらっしゃる。…ああ、そうそう。それから。あなたが探している方のことですが、」
「っ、アイツ等は、もう」
「どうやら、お友達の方が知ってるようですね。そのような口ぶりで話されていたので、もしかしたら」
「…丈、が?――栞と太一の行方を?」
「おや、貴方には仰ってなかったのですか?…それもわざとかもしれませんね。…では〜」


 貴重な情報を提供し、コウモリデジモンは空へと羽ばたいていった。瞬間、何とも言い表せない不安やいらだちが、ヤマトに襲いかかった。
 次の日、デジタマモンを必死に説得しているヤマトの耳に、皿が割れる音が響いた。思わず拳を握りしめる。絶望的な思いで振り返れば、机の上に積み上げられた皿が地面で無残な状態になっていた。
 タケルを迎えに行くと言っている傍から、これだ―――コウモリデジモンの言葉が甦る。「わざと――」あの時は、そんなわけないと、残った理性で否定することもできた。でも、今は?
 丈は必死に弁解している。そんな姿すら、煩わしく感じる。「言い訳なんてやめろ!!」苛立つ気持ちが頂点に達し、ヤマトはそのまま店を飛び出した。


「…本当、なんだ…」


 残された丈は、茫然と、立ち去ったヤマトの後姿を見つめた。

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