072 燦々と慈愛の雨




 願いが、時空を超えて、世界を照らした。空の愛情は、バードラモンに余すところなく降り注ぎ、彼女は一身の『愛情』を受け取った。


「バードラモン超進化ァァァ!!」


 バードラモンの咆哮が、世界を揺らがし、赤い光が彼女を包み込む。


「――ガルダモン!!」


 彼女は、逞しい姿に変わった。それはまるで名の通り、神鳥――鳥人。大きな体は赤色に染まり、守人の光に包まれたガルダモンは、常時輝きを放ち続けた。
 余りの眩しさに、ヴァンデモンはその姿を直視できない。まるで神のような神々しさを持ち、彼女はヴァンデモンを見下ろした。


「なっ、なんだ、この光は…!!」
「これが栞の光よ。空の愛情を受けた栞の願いが、私を進化させた――」


 言うや否や、ガルダモンは地面へと降り立ち、呆然と自分を見上げる空を持ち上げた。


「空の愛情、いっぱい伝わったよ」
「ピヨモン…っ、カッコイイっ…!」


 甘えん坊だったピヨモンの面影など、もはやどこにも残っていない。ただ大切なパートナーを守る、彼女は大地と風の守護神へと進化した。


「ええい…っ!」


 ヴァンデモンは忌々しそうに、拳を握りしめた。


「肝心なところで愛情の紋章まで発動してしまうとは…!!しかし、まだ守人は我が手中にある!!この娘がいる限り、いくら紋章が光を帯びようとも、痛くもかゆくもない!!」


 左手で栞を持ち上げ、ヴァンデモンは低く笑った。しかし先ほどのような余裕はどこにもない。
 空はガルダモンに縋るように、立ちあがった。


「お願いガルダモン…ッ!!栞を、栞を助けて!!」
「空の願いは私が叶えるよ。…空はこの私が守る!!そして、栞も私が必ず助ける!!」


 激しく胸に現れた意志を、ガルダモンは高らかに宣言する。「シャドーウィング!!」真っ直ぐ空に向かって飛び立ったガルダモンは、全身で炎を身にまとった。炎はやがて大きく上空へと舞い上がり、一瞬の隙を経て、ヴァンデモンへと襲いかかる。「ナイトレイド!!」その時、ヴァンデモンは栞の体を離した。シャドーウィング―火の鳥と、ナイトレイド―蝙蝠が、衝突した。その隙に、落下していく栞の体をガルダモンは受け止めた。


「さあ、今のうちに!」


 ヴァンデモンが動けずにいる間を縫って、ガルダモンは子供たちを己の手のひらへと載せた。夜が明ける。闇は消え、光が生まれた。ガルダモンは飛び立つ。その先にある、太陽を目指して。


★ ★ ★




「な?気にしなくても、ちゃんと紋章は光ったじゃないか」
「気づいたら私、お母さんと同じことしてた…」
「空…」
「それで分かったの。――お母さんの愛情が」
「あたしも感じたよ。空の愛情!」
「ごめんね」
「いつもの空に戻って良かったー!」


 栞はそんな声で、目が覚めた。ずっと、悪夢を見ていたような気がする。妙にすっきりした頭を振って、ふ、と横を見てみれば――美しく白い毛なみが赤く染まり、幾重にも重なった傷跡が彼の肌に残っている。イヴモンは、未だ目を覚ましていないようだった。


( イヴモン、 )


 ヴァンデモンに連れ去られた後の意識が、栞にはなかった。イヴモンがどういう経緯で傷を負ったのか、全く知らないのだ。それでも――彼のことだから、栞を守るために、傷を負ったに違いない。労わるように、そ、っと彼に触れる。痛みが少しでも消えるように。傷が少しでも早く治るように。
 ズキンと一回頭痛が脳内を揺さぶった。苦痛に顔をゆがめ、そして栞は目を見開いた。――イヴモンの目が、ゆっくりと栞を映したからだ。


「…栞、」
「イヴ、モ、」
「だい、じょうぶ…?怪我、して、ない?」
「っ、わたしは、大丈夫、だけど…っ、イヴモンが…ッ!」
「僕は、へーき、だよ。そ、っか…栞が、無事、なら、良かった」


 相変わらず愛くるしい笑みで、にっこりと笑った。栞は涙があふれ出した。その時、鋭い痛みが頬を襲ったが、それは引っ掻いてしまった傷口が染みたからだろう。


「へへっ…変な、かお、してる」
「う、うっ…」

「栞――…」


 泣きながら、笑うなんて。そりゃ、変な顔だろう。栞はしゃくり上げながら、ゆっくりと振り向く。声の持ち主のことは、分かっていた。


「栞、」


 空は、同じように、泣きそうなくらい顔をゆがめていた。彼女の肩越しに、心配そうにこちらを見ているピヨモンの姿が合った。――随分、成長したものである。


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