040 それらで模った世界




「ぐっ!」
「観念しな!」
「これでお前は終わりだ!守人は頂いていくぜっ!」


 段々と傷ついていくアグモンの身体。 何故、何もできないのだろう。私はいつでも、守って貰うばかりだった。何も与えることができない。こんな自分を、誰よりも変えたいと願っていたのは他でもない、自分だ。 勇気。 それは、栞が最も望んだもの。 彼は、太一はそれを苦労もせず手に入れていた。 栞の拳に力が入る。 そしてその拳を見つめた。


―――…傷つけて手に入れる平和など、本当の平和ではなかった。


 頭の中で、大きな嘆きが反響する。ずきりと痛む頭の片隅に映ったのは、やはり傷ついたアグモンの姿だった。


―――…それでも、世界を守るために、多くのものを切り捨ててきた。


 だめ、そんなのはだめだ。それでは何も解決しない。 多くのものを傷つけ、自分だけのうのうと生きている。そんな世界は、いらなかった。


「やめて、」


 泣いてしまいそうになるのを、ぐっと堪えた。自分の背中には、多くの命がある。再び宿った魂を、消してしまってはいけないのだ。―――守りたい。それは、栞が必然と抱く感情だった。みんなを、守りたい。そのための、力が欲しい。でも、傷つけるだけの力は、いらない。


「やめて」


 声は思ったよりも、すんなりと融け込んだ。それまでアグモンを蹴っていたガジモンの動きが止まる。彼らの視線は、彼女の瞳へと移された。


「おねがい、やめて」


 平和を願う声で頼まれれば、もはや彼らの身体は動くことなどできなかった。


「栞ッ!!」
「アグモン!」
「みんな…、」


 駆けつけた太一たちは、その目に栞とアグモンを映し、ほっとしたように胸をなで下ろした。そしてその背後にトコモンがいるのを見て、タケルは笑顔を見せた。


「アグモン!大丈夫か!?」
「た、い、ち…」
「くそォ、選ばれし子供たちか…!守人のせいで、身体が動かない時に…!」


 忌々しそうに舌打ちをうったガジモンの身体は、未だ動くことができないらしい。太一はチャンスとばかりに、デジヴァイスを掲げた。その隙を見てから、空は急いで栞のもとへと駆け寄った。


「進化だ、アグモン!」
「太一…!!うん!」


 パァ、とその場にいたものたちに、光が差し込む。眩いばかりの光を直視したガジモンは、思わず目を閉じた。


「アグモン進化ァ!――グレイモン!」
「く、くそ!あと一歩だったってのにィ!」


 巨体なグレイモンの前では、ガジモンはただの無力なデジモンに過ぎなかった。彼の放ったメガフレイムのよって、ガジモンたちの身体は川へと放り出され、遠くへと流されていった。
 栞はずっと握っていた手を開いた。ほっとしたように息をついたその時、目の前に白い塊があるのを感じて、顔をあげる。


「イヴ、モン…?」


 いつものような笑顔は、そこにはない。


「ナんデ…」
「え…?」
「ナんで一人デムチャしたノ!?」
「…っ?」


 突然怒鳴られ、栞は思わず肩を震わす。そしてすぐ、イヴモンに怒られているのだと分かった。しかし彼女には何故、彼が怒るのか分からなかった。

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