043 『あなた』の正義




 少年は一歩、足を踏み入れた。今までとは違う感触に足が驚いたのか、びくりと一歩さがった。


―――…『おれ』はそこにいた。


 しかし、その感触に興味を持ったのか、今度は楽しむように右足を突き出した。ふにゃりと右足は沈み、少年の顔に、少しだけ表情が現われる。左足も踏み入れれば、今度はぴちゃりと冷たい感触に目を瞬かせる。


―――…『おれ』はここにいる。


 ゆっくりと顔をあげれば、今まで見たことがないくらい澄みきった色が彼の眼に飛び込んだ。この『色』を、彼はまだ認識していない。


「あお」


 それは、とても、『きれい』だった。


★ ★ ★




 テントモンが落ちた先にトンネルを見つけたおかげで、彼らはすぐに地上に出ることができた。それを知ったエテモンは、自分でも不細工だと思うほどに顔を歪ませて、声色を変えた。


「子供たちめ…!脱出された上に、紋章まで手に入れられるとは…もう許さん!」


 エテモンの怒りの声が届いたのか、敵のグレイモンは太一のグレイモンに勢いよく突進し、グレイモンの体に無数の傷を付けた。太一が紋章を握りしめた。それとなく太一を見上げれば、悔しそうに歯を食いしばって瞬きせずグレイモンを見つめていた。


――――…進化すれば勝てるのに…!進化さえすれば…!!


 栞は頭の中で響いた声に、憎悪に似たものを感じ、胸のあたりがざわりと騒いだ気がした。 己の中の闇が、大きくなる気がした。 今まで以上にどくんと心臓が跳ねた。まるで陸にあがった魚が跳ねるが如く、飛び上がる。


「いや、っ」


 思わず栞は目を瞑る。
 太一の高ぶった感情が、守人である栞に悪影響を与え始めたのだ。人の憎悪や驕った感情は、負の部分を多く持つ守人にとって、吸収しやすいものだ。それは守人の負担となる。栞はまだそれを分かっていないため、自分にとって怖いものという認識でしかない。目を瞑るのも防衛本能にすぎない。
 太一に気を取られていたため、栞の異常に気付いたのはパートナーであるイヴモンだけだった。


「栞…。だめだよ、そっちじゃないよ。ここ、ここに栞の場所はあるから」


 呑まれてしまわぬように、彼女が消えてしまわぬように、何度も何度も同じ言葉を囁き続けたのだ。そうすることで彼女は自ら脱出することができる。否、しなければならない。これから先も、彼女たちが敵とするものは闇を背負うものたちばかりだ。今の太一と同じような状況に誰もならないとは限らないのだ。現に早い段階で太一がこの有様だ。大きな力を手に入れたと思うと使いたくなるのが人間、そして更に要求してしまうのは人間の性なのだ。理由はどうであれ、太一の今の状況はまさにそれだった。
 栞は少しだけ荒い息を吐き続け、それから目の前の太一の背中を見た。夢、だろうか。それとも幻なのだろうか。変な黒いもやが、太一の背中を覆っていた。

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