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 浮遊感が否めないが、栞はとりあえずピラミッドの中に立っていた。目の前にはきちんと太一たちの背中があると言うのに、先ほどから声をかけても気づいてはもらえなかった。それどころか太一はピラミッドの中を行ったり来たりしながら、砂漠の真ん中で華やかに伸びをするエテモンをからかうような行動を取っていた。


「馬鹿なことやらないでよ!!見つかったらどうするの!?」


 自分が怒られたわけでもないのに―――栞は肩をびくりと揺らして、目の前の空を見つめた。いつもの彼女らしからぬ焦った瞳に、栞はその手に触れようとして、触れられないことに再び気づいた。


(…私、どうしたんだろう?)


 まるで、死の淵にでもいるようではないか。よくドラマや漫画なんかであるシチュエーションを考え、すぐに怖くなってしまった。泣きたくなるのを堪えて、歩き出した彼等の背中を急いで追った。


「通路以外は中身のデータがありますから、注意してくださいね」


 壁にぶつかったアグモンを横目に見て、光子郎は冷静に呟いた。
 暫く進むと、反対側が透けてみえる壁があった。太一の口角がに、とあがった。栞はやはり彼らのあとを着いていくことしかできないから、大人しく一歩さがったところから彼らの様子を見ていた。


「こっちからは外が見えるんだな」
「そうですね。でも向こうからは見えないハズです」
「あ!」
(あ…)


 アグモンが声をあげた原因に気づいた栞も、あ、と思わず声を洩らすが、やはり彼等には聞こえていないようだった。
 反対側の透けて見える廊下を、エテモンの手下であったガジモン二匹が通りかかっていた。


「静かに…」


 空が臨戦態勢を取るように緊張した面持ちで呟いた横を、太一が颯爽と通り過ぎた。思わず口をあんぐりと開け、呆気にとられた子供たちに更なる驚愕が訪れる。なんと太一は二匹いるうちの一匹に後ろから足蹴りをして、さっとこちら側に戻ってきたのだ。困惑して言い争うガジモンを見て、笑いを抑えきれない太一に、空は今まで耐えていたものが内から溢れて行くのを感じた。


「どういうつもりよ!!見つかったらどうするつもりなの!?」


 少し歩いたところで空は先ほどの怒りを爆発をさせた。太一は対して反省していないように、唇をとがらせた。


「心配しすぎなんだよ、空は。どうせ俺たちはデータなんだからさ」
「太一!!あなたね!!」
「そ、空くん、シーッ…」

(…驚いた)


 そういえば、記憶がある時点では、データがどうのという話をしていた気がする。栞は目を丸くさせる。太一はデータである己らが何をしても現実に戻ったら万事解決と思っているのだろうと仮説を立てる。しかし空は違う。いくらデータだと言っても、今までだって随分苦しい思いをしてきたのだ。それを考えたらいくらデータと言えど、簡単に済む話ではない。栞もどちらかと言われれば空よりの意見であるし、何よりも太一の楽天的すぎる考え方に拍子抜けだった。危険などを考えないタイプの人間であるのだろうか。多少の無茶はあったにせよ、その無茶によって今まで数え切れないほど助けられてきた。しかし今のは無茶というよりも、無謀である。視線を少しだけ外して口を開くが、何かを発言できるわけでもない。栞はただひたすら置いていかれないように後を追った。
 暫くすると今度は行き止まりに突き当たった。目の前一面にフェンスが壁となって彼らの行く手を阻むというわけだ。テントモんはすっと近づいて、フェンスぎりぎりのところで止まった。ぱり、という嫌な音とともにフェンスにまとわりつく性質に気づいたのだ。


「これ、高圧電流が流れ取るんとちゃいまっか?」
「ですが、隠し通路の入り口部分だけは、ただの見た目のデータのはずです!」
「……ということはそれ以外の部分は電流が」
「びびってるな、丈」
「当たり前だろ!」


 こればかりは簡単に済む話ではない。
 栞も心底彼らを心配しながら、様子を見守ることしかできない自分の状況を恨んだ。かといってその場にいて何かできるというわけではない。自分の非力さの方を、ちょっぴり恨んだ。

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