054 お前が生きる世界などない




 少女はゆっくりと手を伸ばし、ひたすらに青い空を目指していた。しかし己の手に触れるものは何もない。希望に満ちた瞳は、ゆっくりと絶望へと変わる。ひたすらに、恋焦がれたものは、ただ薄暗い中へと消えて行く。少女はすべてに絶望し、…すべてを憎んだ。

 犠牲になるべきこの身を、果たして彼等はどこまで献身に支え続けるのであろうか。

 いつしか少女は、辛い思いもすべて笑みに任せた。そうすれば誰にも気づかれることはなく、誰もが少女に執着する。世界は、そうして回って行くのだ、と。


★ ★ ★




 見張りをしていたヤマトは、ピラミッドの入り口から煙があがるのをいち早く察知し、立ち上がった。視力は良い方だ。目を凝らしてみれば、煙があがっている付近からは炎が噴き上がっている。


「ヤマト、あれ!!」
「戦闘だ…!!」


 待機している最中に、栞が目を覚ますことはなかった。ミミとタケルはこの場を任せ、己の身だけでピラミッドに向かうべきだろう。ヤマトは振り返り、ミミを視界に入れ―――目を見開いた。


「…栞?」


 先ほどまで何の予兆も残さずにその場に寝ていた栞が、今、ゆっくりと起き上がった。彼女は目を閉じたままゆっくりと右手で頭を押さえ、それから左手で自分の目を覆った。


「栞、」


 何故、ヤマトは己がこんなにも不審がっているのか不思議で仕方がなかった。目の前で起き上がったのはまさしく栞であるのに、纏う雰囲気が彼女とは全く違う事に無意識に気づいていた。
 名を呼ばれた直後は何の反応も示さなかった栞が、ようやくヤマトたちの方を向いた。小さく口角をあげ、いつものような笑みを浮かべる。―――違うと思った。あれは栞であるがしかし、栞ではない何者かである。けれど隣を旋回するイヴモンは何も言わないし、タケルやミミは疑わず栞の元へと駆けよった。
 …自分はどうかしているのだろうか。目を覚ましてほしくて、一日待っていたというのに、起き上がった途端にやっぱり違うと思うなんて。ヤマトは少しの警戒心とともに栞に近寄り、しゃがみ込んだ。


「…大丈夫か?」
「うん。もう、平気だよ。ごめんね。…それより、みんなが危ないと思う。助けに、行かないと」


 なぜ分かった?――思わず聞き返しそうになった己を窘め、ヤマトは小さく頷いた。立ち上がろうと両手に力を込めている彼女へと手を差し出したのはミミだった。自分がその行為をできなかった、否したくなかった理由は、胸の奥底へと隠す。


「…?ヤマトくん?行こうよ」


 違和感はヤマトの胸を支配しているが、ヤマトはやっぱり頷くだけだった。
 隠れながらようやくピラミッドに到着したころ、栞が何かを考えるように俯いた。タケルが心配そうに見上げ、彼と目が合うと栞は柔らかく笑みを浮かべた。

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