037 知らないことの方が多かっただけ




 ざざん、ざざん。揺れる波の音を聞きながら、眠る空の横で体育座りをしていた。月夜に照らされた漆黒の髪は、透明な海面に映し出される。イヴモンはそっと声をかけた。


「…栞、眠ラないノ?」
「イヴモンこそ、」


 彼女は振り返らずに、逆に問いかけた。


「僕ハいツも栞の上デ仮眠ヲ取ッてるかラ、アンまリ」
「…目が、冴えちゃって、ね」
「いツカら、なノ?」
「でも、そんなに大したことじゃないから」
「……栞」


 やっと振り返った彼女は、あどけなさが残る顔で、小さく笑った。


「あのね、イヴモン…」
「…うン?どウしたノ」
「どうして、…私なの?」
「エ?」
「私なんて、弱いだけなのに」
「栞は弱くなんてないよ、強いよ。…その強さを、君が知らないだけ」

「…ありがとう、イヴモン」


★ ★ ★




「海に出て5日か…」


 太一は伸びをしながらぽつりとつぶやいた。未だ大陸につける様子もなく、少しだけじれったく感じ始めたころだった。しかしいかだでいったらその倍、むしろ到達できるのかすら危うかったのだから、早い方なのだろうが。


「そろそろ、着きそうだね」
「栞、起きてたのか?」
「…八神くんこそ、早いね」
「お、俺はいつも早いんだよ!」
「そうかな?」


 小さく栞は笑って、その場に座り込んだ。腕にはイヴモンを抱えており、そのふわふわな白い毛に顔を埋めてから、太一と同じように前を見据える。と、目のど真ん中に薄らと山なりが見えた。


「あ、」
「ん?」
「前、見て。あれ、大陸みたいだね」
「えっ!? あ!あ、あれがサーバ大陸なのか…?」
「はい、そうです」


 ホエーモンの声に、途端に、太一の顔色がパッと輝いた。


「聞いたか栞!あれがサーバ大陸だってさ!」
「う、うん…」
「…?どうした、顔赤いぞ?」
「っ、な、なんでもない…」


 間近で太一の顔を見たせいか、栞が頬に熱が奔るのを感じ、すぐに顔を背けた。そんな栞の行動を太一は不思議に思ったが、それよりもサーバ大陸に対する魅力で胸がいっぱいになり、それどころではなかった。


「おいみんな!!」


 太一の神経が他の子供たちに向いたので、栞はほっとしてその場に座り込んだ。
 あんなに近くで男の子を見たのは、何も初めてではない。何らかのトラブルでそうなってしまう時もあったし、事実この旅が始まってからも何度も近くなったことはあった。なのに何故、こんなにも顔が熱くなるのか何度考えても分からなかった。 


「起きろ、起きろよ!大陸だぞ!サーバ大陸に着いたんだ!」
「…な、んだよ、騒々しいな…」
「…タイ料理がどうしたって…?」


 タグを見つけた歓びで夜遅くまで起きていたせいか、みんな眠そうな顔をして寝ぼけたことを言っている。とくに酷かったのは丈で、そんな丈のすっとぼけた言葉に、太一は首を思い切り横に振った。

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