055 ごまかすように咳をした




 空は目を覚ました時、四肢が抑えられているのを感じた。ナノモンによって囚われていることを、彼自身の口から告げられ、空は絶望感に陥る。そして己自身のコピーを作られ、コピーの空によってピヨモンを進化させることも知る。
 ひきょう者、とそう叫ぶ空に、ナノモンはただ冷静に告げた。


「私はかつてエテモンと戦い…過去の記憶のほとんどを失ってしまった…」


 薄らとした記憶の中で、ただ一つの光だけをひたすら求めた。


「あの人を、もう思い出せないのだ…」


 断片的な記憶のみで構築された脳内に差しこむ光は、とうに消えうせてしまった。ただその光だけを求め、彷徨い続けている。ぎょろりと動く片方の瞳が少しだけ哀しげに見え、空は一瞬だけ息をのんだ。


「失われた記憶は二度と戻らない…、敬愛するあの人のことをもう思い出せない…。私にできるのは…エテモンに復讐することだけだ!!どんな手を使ってもな!!」


★ ★ ★




 宵の明星が輝きを見せた頃、栞はゆっくりと目を開けた。重たい頭を振って、意識を覚醒させる。断片的に憶えている記憶の中で、栞は自分の中から溢れるものが怖くて怖くて仕方がなかった。
 ぽろりと流れた涙を止める術など持ってはおらず、両手で顔を覆った。慰めてくれる一馬がこの場にいないのは、承知の上。そして、空も。心の中にぽっかりと穴が開いて、栞の孤独感をより一層強めていた。


「…空……」


 彼女は、栞にとって初めての友達だった。優しくて明るくて、尊敬できる女の子であるし、栞にはないものをたくさんもっている素敵な女の子だった。空がいたから、栞はキャンプに来ることができたし、彼女がいたから今までも乗り越えてこられた。


―――…真田さん。私と一緒に組まない?
―――…え?じゃあ栞ちゃんって、お兄さんいるんだ!うらやましいなぁ、私は一人っ子だから。
―――…栞は本当に甘えん坊なのね。私が傍にいなきゃダメじゃない。


「……、空…っ」


 泣いても、空のぬくもりが降りかからない。栞の瞳にじんわりと浮かんだ涙は、月夜に照らされキラキラと輝いた。

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