「…ごめん。栞の気持ち、分かるから」
それからそっとフェンスを見つめ、「この向こうに…空がいるんだ」、小さく呟いた。その瞳はやはり友達以上のものを思っているように見えて、栞は心が軋みを覚えたのを隠すように頷いた。
「この、向こうに…」
死の恐怖を隠すように、もう一度呟いた。失敗したら命はない――しかし、大切な仲間の危機が目の前にある。
「…太一、僕が先に行くよ!」
「待ってくれ、アグモン!」
「太一、」
震える瞳を抑えようと、太一は強く拳を握りしめた。
「…俺が行く!!」
太一はいつだって、諦めない強さを心に秘めていた。
「この壁の向こうには…俺の大切なものがあるんだ!」
「空?」
「ああ、でもそれだけじゃない!!」
ただ我武者羅に突き進んでいた頃、心の奥底からあふれ出ていた大きな自分。空の存在、栞の笑顔。このフェンスの向こう側には、彼が置いてきてしまった――否、失ってしまった大切な全てがあるような気がするから。
「…俺が行く」
手を眼前に伸ばし、揺れる瞳をぎゅっと抑えた。
(…どうして八神くんは、強いの?)
彼はいつだって明るくて、元気が良くて、―――渇望せざるを得ない存在であった。だから彼女の濁った瞳からは輝いて見えていたし、全てに充実しているように感じた。空を助けられず、泣いていた彼が信じられなかった――信じたくなかった。彼ならどんな状況であっても空を助けられると信じていた。爆発した感情が巻き起こしたのは、信頼さえも裏切られた気がしていたからだ。勝手な己のわがまま故に、大切な仲間の心を傷つけた。
(彼が強いのは―――そこに揺るぎない意志があるからだ…)
しかし躊躇い、弱さを隠さず曝け出すのも、彼が強い証である。栞はそっと一歩前に出て、太一の隣に立った。
「栞、」
「…私、ここにいるから。傍に、いる」
一瞬だけ時を止め、 栞は彼の手に触れた。恥ずかしい気持ちよりも、分けあう気持ちが膨れ上がる。自分の手よりちっちゃくて、暖かい。触れあった手が暖かくて、太一は次第に笑みを浮かべた。
「…手、繋いでていいか?」
「え?」
「俺に、栞の勇気を分けてくれ」
2人の瞳が混ざりあい、静かに溶けて行った。栞は言わずもがな、小さく頷いた。
―――…しゃらららん。
鈴の音が頭の中に響き渡り、2人は一緒に一歩を踏み出す。太一が手を伸ばした先には――彼の指はフェンスを通り抜け、胸元の紋章が輝きを放った。
す、と何かが抜けおちるのを栞は身を持って感じていた。それは恐らく彼女を蝕んでいた大陸の闇の力だったのかもしれない。
「やった…!やった!!」
太一の顔に、いつものような明るい笑みが浮かべられた。その時だった。ドォンという地響きが聞こえ、彼らの背後からカブテリモンとエテモンが転がり落ちてきた。とは言っても、傷ついているのはカブテリモンだけで、エテモンは傷一つない状態で笑みを浮かべていた。
「フフフ…あら?守人じゃない!こんなところにいたのね!!アチキが連れて帰ってあげるわ!!」
「さセないヨ!…栞と太一は空のトころヘ。アグモン…抑えるヨ!」
「分かった!アグモン進化ァ―――グレイモン!!太一、栞!!今のうちに!!」
少しだけ唇を噛みしめ、太一は「分かった!」と高らかに返事をするとくるりと背中を向けた。栞の手を掴む力を込め、彼女の身体を引っ張った。
「行くぞ、栞!!」
「う、うん!―――イヴモン、アグモン!気をつけて!」
「当タり前だヨ」
「太一たちも気をつけて!!」
その言葉を最後に、フェンスに飛び込んだ。
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