学校につくと、初っ端から坂を登らなければいけないから、既に息は絶え絶えだった。途中、同中の陸上部の男子に、「ハ○ルの婆さんみたいな顔になってんぞ」って言われた。おま、なめんな、彼女ヒロインだぞ。そんな戯言を軽く聞き流しつつ教室に入れば、既にちらほらと集まっており、久しぶりーなんて軽くかわしながら席につく。実に三週間ぶりくらいの教室は相変わらずごった返しになっていて汚かった。生徒数が中途半端だから、クラスメイトの数も中途半端。もう一クラス増えるまであと数人必要だから、教室の中にはギュウギュウ詰めに生徒が押しやられている状態になる。今はまだ第一段階だが、朝部を終えたやつらがくるともう一段階アップする暑苦しさが。



「咲紅、おはよー」
「お。おはよう」



がた、と目の前の椅子が動いたのと声をかけられるのと同時だった。声から察するに、なっちゃんだね。なっちゃんは幼稚園の頃からの友達で、家もそれなりに近いところにある。所謂、言ってしまえば、幼馴染である。



「そういえば為五郎じいちゃん、亡くなったんだよね…」
「…一昨日ね。心不全だったんだって」



なっちゃんは地区が一緒なので、もちろん為五郎おじいちゃんのことも知っている。「いいおじいちゃんだったのになぁ」ぽつりとつぶやいて、なっちゃんは校庭を見つめた。あ、サッカー部走ってる。そんでなっちゃん顔がニヤニヤしてる。…あ、そっか。彼氏サッカー部だっけ。確か先輩だったよね、はいはいリア充乙。



「なっちゃん、顔がサイヤ星人みたいになってるよ」
「どんなよ、それ」
「すごいっつーことなんだけどさ」



いいねえ、青春だねえとおじさん染みたことを言えば、馬鹿じゃんと頭を叩かれた。



「咲紅も作ればいいのに」
「できたら苦労しねーっつの」
「えー?好きな人くらいいるっしょ」



そう言われ、その時、パッと頭に浮かんだのは。




「―いないよ、別に」




先輩であるはず、だった。
本当は、ずっと一緒に過ごしてきたなっちゃんにだって言ってなかった。先輩のことが好きだって。だって恥ずかしくない?からかわれたりするなんて、思うから。なのに、昨日、なんで赤也に言えたんだろう。――もう会わないから?おじいちゃんの孫、だから?




―――…っ、わりぃ。



ぼん、と脳内に浮かぶのは、やっぱり、昨日のことだった。―やだな、まるでこれじゃあ。頭をふって、脳内の雑念を振り払おうとした。違う、違う、私が好きなのは―。



「あ、達也先輩だ」



なっちゃんの視線が教室外へと向けられ、少しだけ顔を赤くする。部活が終わったらしい達也先輩―なっちゃんのコレが、なっちゃんに会いにきたらしい。はいはい、そういうちゃいちゃいするのは見えないところでやってほしいものである。先輩の方はなっちゃんに向けて手を振っていた。「ちょっと行ってくるねっ」はいはいラブラブラブラブ。もうすぐで先生くるぞーと呟けば、なっちゃんはぴゅーんと早い速度で向かって行ってしまった。
いいねえ、青春だねえ、と先ほどと同じようなことを思いながらなっちゃんと高田先輩を見ていれば――ドキッと心臓が高鳴った。頬を赤い熱が差し込むように、火照る。山本先輩、だ。そういえば高田先輩と友達だったっけ?ぶっちゃけフィルターかかってたから、あんまり他の人とか見えてないのだけれど。



(やっぱり―好きだ)



この時、先ほどまで抱いていた違和感など既に消え去っていた。やっぱり、私が好きなのは先輩で――出会ったばかりの彼ではない。おじいちゃんが亡くなって、そしたらおじいちゃんの孫である赤也がいて、話したら結構話しやすくてってだけだ。いい友達。うん、そう。
じっと、そちらを見つめていたら、不意に先輩と目があった。一瞬まばたきをして、それから、にっと笑った。 ドキッ。 あー…だめだぁ、顔絶対赤いよー。ぺこっと他の人にバレない程度に頭をさげて、そちらを見ないように、校庭のほうへ視線を向ける。
自然と、私の目は校庭より先へ、海を超え、家のある方へと向いていた。たくさん家が連なっているから、うちが見えることはないけれど。あそこらへんだなーと、―そうすると自然に、思うのは為五郎おじいちゃんのことだった。今頃、火葬場かな。ふと顔を上にあげれば、空が目に飛び込んでくる。 うちのおじいちゃんと、会えたかな。前みたいに、二人で、語ったりしていればいい。



■ □ ■ □



「じゃあ、またしばらく会わないけど、ハメはずしすぎるんじゃないぞ。まあ一部とは補講で会うな」
「マジねえわぁ。ねねっ、コンちゃん、夏は暑いから補講なんてー」
「もちろんやります。忘れんなよ」



そんなやり取りどうでもいいから!あーもう!いいから早く終わってよ!
ばっかじゃーん、という声が飛び交う中、担任であるコンちゃんが手をパンパンと叩いた。きっと私の、今なら人を殺せそうな気迫に気づいてくれたに違いない。そう信じてる。



「ほら、じゃあ終わるぞ」
「はいはい。きりーつ、きょーつけー、れい」
「ありがとうございましたー!」



もちろん、急ぎすぎて、あざーしたー!になったのは言うまでもない。のろのろと動き出すクラスメイトの動きにちょっとだけ合わせて、横にかけてあるバックを取った。斜め前の席のなっちゃんが、「11日の夏祭りどうする?」なんて聞いてきた。いや、彼氏と行けよ。申し訳ないが今私に一寸の余裕もないんだ。一歩だけ足を前に出した形でかたまっているから、何とも情けない姿である。



「高田先輩と行けばええやん」
「えっ!無理っ!二人だけとか緊張する!」
「慣れろ慣れろ。てか私いそいでいるのだけれど―」
「ねねっ、さっちゃん!なっちゃん!」
「ええ!何!?」



そりゃあ、夏休み中あんまり会わないクラスメイトたちだから、積もる話はあるっちゃーあるよ。でも、ほら。ね?空気読もう?私、今、すごく帰りたい的アピールしてるじゃん!「18日から映画始まんじゃん?だから遊びいかない?」だの「12日暇?遊ばん?」だの。うん、メールすっから!見逃して! 



「夏海ー」



低い声が、教室の外から聞こえた。全員の視線がそちらへと向けられる。言わずもがな、高田先輩だ。おうおうお熱いことじゃ。なっちゃんは案の定、みんなにからかわれて顔を赤くしながら、そちらへと向かっていった。



「ラブラブじゃん、なっちゃん、ずっりぃ」
「高田先輩カッコイイよねえ〜、とられちゃったか…」
「お前にゃ無理無理」
「ひっどー!って、ああ、山本先輩もいる!!」
「マジか!眼福!」



イライラし始めて時計を見ていた私の肩が、その名前にぴくっと反応した。現金とか言わないの。



「じゃあ私帰るから」
「お、うん。メールすんね」
「オッケイ。またね」
「バイバーイ」



ようやく掻い潜って廊下に出る。もちろん、なっちゃんたちが溜まっているのとは反対側からだよ。―間に合うかな。間に合うよね。腕時計で時間を確認する。うん、大丈夫大丈夫――「咲紅!」んだよぉ!もはや泣きたくなってきた。声の方へと振り返る際は、もちろん、普通の顔でだけど。
私を呼んだなっちゃんは、ちょっぴり顔を赤くしながら、私をちょいちょいと呼んでいた。もう、ほんと、勘弁してくださいません? はぁ、とため息をついてから、何?となっちゃんに近寄る。




「今からね、マック行くんだけど、咲紅もいかない?」
「え」
「いや、夏海が是非咲紅ちゃんもつってさ。山本もいるけど」
「っ!?…え、っと…」
「ねね、いいでしょいいでしょ?」



それは――できれば行きたいのだけれど。もちろん行きたいのだけれど。視線をあげられず、俯いたままだから、目に飛び込んできたのは先輩の手だった。 不意に、昨日の赤也の手が飛び込んできた。自分の手首をにぎった、骨ばった、マメだらけの手。綺麗というか、男らしいというか。




「咲紅ちゃん?」

―――…立花。

「っ、…」



カッと、頭に熱が走る。山本先輩に、名前、呼ばれたから、だよね?自分に言い聞かせるように、なんども、なんども。
―でも、どうしたって浮かぶのは、おじいちゃんに良く似た 彼の姿だった。




夏の残像
あなたを思っていました

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