その後、私達は情報の擦り合わせをした。 なぜ梓くんが私の家にいたのか、一体いつからいたのか。これに関しては、梓くんもよく分からないらしい。星月学園にいた記憶はある、たぶん寮に帰る途中だったとのこと。気が付いたら部屋にいた、としか言えないそうだ。梓くんは嘘を吐いているようには見えなかった。 次に、彼は本当に梓くんなのか。私は未だにコスプレドッキリではないかと疑っていた。顔も背格好も、声まで梓くんそのもので疑う余地などないのだが、それでも梓くんはキャラクターで、この世にいるわけがないのだ。 これには生徒手帳を見せてもらった。いつだか羊くんのプロフィールがついた生徒手帳のグッズがあったが、あれの梓くんバージョンを出されたのだ。確かにあのグッズには白紙の紙が付いていたが、梓くんの出したものはしっかりと印字がされており、梓くんの写真も貼られていた。完璧な生徒手帳だった。わざわざ作ったなら、本当に手が込んでいる。 そして、生徒手帳の話題から梓くんはすでに弓道部に入部していることも分かった。まだ合宿はしていないそうなので、今の梓くんはスランプ真っ最中か、その前か。どちらにせよ、「全てに執着する」という解を教えないように気をつけなければならないな、と思った。 一頻り話をしたところで、結構な時間帯となっていた。深夜料金になる前に帰りたい、と提案すると、梓くんはそうですね、と首肯した。 「とりあえず、行く場所がないので貴方の部屋にお邪魔してもいいですか?」 「…………………………はい」 「何の間ですか、今の。もしかして、ご迷惑でした?」 思いの外返事にたっぷりの時間をいただいてしまったようで、梓くんに突っ込まれてしまう。 違う。違います。あの梓くんが私の家に来るなんて、寝泊まりするなんて、それしか道はないのだと思うが、嬉しいことこの上ない。本当に奇跡のようなことだと思う。というか奇跡に他ならない。 だが、だが、だ。未成年の男子を家に連れ込む20代の社会人なんて、あまりに聞こえが悪い。本人の同意はあるが保護者の同意はない。取れるものでもないのだが、しかし抵抗がないといえば嘘になる。好きな人を前にしても、世間体には勝てないのだ。 私に財力があるのならビジネスホテルかウィークリーマンションを用意したが、ただでさえ自分の生活で手一杯なのにそんなものを用意できるはずもなく。 それに、家に招待するなら食事も用意しないといけない。着替えも用意しないといけない。ここにいる間、梓くんの勉強はどうなってしまうのだろう。専門的なテキストなんかうちにあるわけがない。梓くんの成績を落とすわけにはいかないから、何かしら問題集を買うべきだろうか。 目先の問題は山積みであり、そして狭くて掃除の行き届いてない私なんぞの家に寝泊まりさせるのが心から申し訳ない。 ――以上の感情を、どうやって簡潔に伝えられるだろうか。 「迷惑なわけがないでしょ……私がどれだけ木ノ瀬くんを好きだったと思ってるの」 「過去形なんですね」 「もう私も社会人になっちゃったんです。未成年に手を出すのは犯罪です」 とりあえず迷惑でないことを伝えようとしただけなのだが、ああ言えばこう言う、というのだろうか。本当によく頭の回る子だ。 今でも梓くんのことは好きだ。当然だろう。フィクションの存在なんて、理想の塊のような存在ばかりであり、中でも特別好きな存在のことをそう簡単に苦手にも嫌いにもなれない。 「そんなことより、木ノ瀬くんもいいの? ツテがないとはいえ、私なんかの家で。あのひっどい有様見たでしょう?」 「まあ、お世話になるので片付けくらいはさせてもらいますし……」 それに、と一言付け加え、梓くんは私の目を見て薄く笑う。 「貴方だから、大丈夫だと思います」 ……確かに、私は梓くんの情報は大方知っている。ファンブックだって舐めるように読んだ。CDだって集めた。ゲームだって何度もクリアした。梓くんの燻っていた過去も、拓けた未来も、過言かもしれないが、全部知っている。 そんな私に、大丈夫と言ってしまってむしろ大丈夫だろうか。下手したら本当にストーカーまがいな人間だというのに。 「…………ありがとう……」 それでも、梓くんからの無償の信頼が、泣きそうなほどに嬉しかった。 back |