「ところで、貴方のことは何て呼べばいいですか?」 「あっ、えっごめん、まだ教えてなかったっけ!? 品野幹名です。好きに呼んでください」 さすがに呼び捨てにされたら驚くが、梓くんなら仮にも年上の女を呼び捨てにすることはまずないだろう。苗字か名前にさん付け、あたりだろうか。 梓くんはふむ、とファンブックのページを読みながら考える仕草をし、心が決まったのか、にっこりと笑みを貼り付けてこちらを見た。 「じゃあ、"幹名先輩"で」 「待って待って待って」 「名前で呼んで構いませんよね? 不可抗力とはいえ、これから一つ屋根の下なんですし。僕のことも名前で呼んでください」 距離の詰め方がおかしい。梓くんってこんな子だった? 射形に惚れた月子ちゃんだからあんなに親しげかと思ってたんだけど、誰に対してもこんなに近いものなの? というか、月子ちゃんですら「夜久先輩」と呼んでいたのにいきなり名前呼び? 月子ちゃんも寮生活で、まあ月子ちゃんは職員寮ではあったけど、とはいえ一つ屋根の下みたいなものだったのでは? いやでも寮生活だ、あそこはあくまで学校だ。落ち着け。冷静になれ。 分からない。生の梓くんは初めてだから刺激が強い。 「それは私にとっても楽だけど、そうじゃなくて、いやそれもあるけど、全然納得できてないけど、なんでそこで先輩?」 「このゲームは夜久先輩に成り代わっていたんですよね? じゃあ、僕は貴方のことを先輩と呼んでいた、違いますか?」 「理解が早すぎて怖いくらいです」 「なので、"先輩"が貴方にとって一番馴染みやすいと思ったんですが……いけませんか?」 梓くんの声で、名前を呼ばれている。すごいことだ。梓くんが私に、ヒロインである月子ちゃんに対してではなく私と認識した上で「先輩」と呼んでくれる。いけないわけがない。 もう、本当に死んでしまうか、もしくは既に天国にいるのではないだろうか。 「木ノ瀬くん……本当に私なんかを信じて大丈夫なの?」 二度目の問いかけ。この子がコロコロと意見を変えるような子ではないなんて分かっている。 だが、逆に不安になってしまうのだ。 私はこの子の信頼に応えられるのだろうか、と。 「ツテがないのも、貴方が僕に好意を寄せていることが信頼に値するのも本当です。それに、貴方の部屋で目覚めたことは、何か意味があるんじゃないでしょうか」 恐ろしい。この子恐ろしい。ほぼ初対面の人間に対して、自分が好かれてるとこんなに自信を持てるだろうか。いや、好意を先に出したのは私か。だがしかし、そんな、距離を詰めるのが早すぎないか? 心配になる。 「随分ロマンチックなことを言うんだね。運命とか、嫌いじゃなかったっけ」 「そうですね、運命なんて言葉はあまり好きじゃないですけど……」 梓くんはそこで言葉を切り、またも笑顔を貼り付ける。この子はどうしてこんなにも作り笑顔が上手いのだろうか。 「そろそろ行きませんか? 色々準備しないといけませんし。お店、閉まっちゃいますよ」 案の定、はぐらかされた。 深入りしてしまっただろうか。いくら私が梓くんのことを知っているとはいえ、あまり感情が手のひらの上というのも気分が悪いだろう。反省しなければ。 切り替えよう。確かに、梓くんが我が家に泊まるとなると用意しないといけないものが沢山ある。コンビニやドラッグストアで事足りるだろうか。 梓くんの言葉に乗って、私達はファミレスを後にした。 back |