◆◇




「つまり、警察に連絡さえしなければいいんでしょ?」


 初めに動き出したのは、それまで大人しく様子を伺っているふりをしてこの事件に飛び込むタイミングを今か今かと待ちかねていたであろう、例の少年だった。


「なんだこのガキ?! 子供は引っ込んでろ!!」

「まあまあ。落ち着いてください」


 気が立っている事件の関係者から少年を庇うようにして宥めつつナチュラルに話に入り込む。待ち兼ねていたのは此方も同じだ。
 どうにも無関係とは言い切れないこの事態に飛び込まない手はない。内心冷や汗ものだとは口が滑っても言えないが。
 アイコンタクトを交わし合った少年との意思確認はばっちりだ。


「警察が駄目なら、名探偵に手伝ってもらえばいいんじゃない? ねっ安室のにいちゃん!」


 無邪気な笑顔の裏に隠されているものに、思わず口の端が上がりそうになった。無邪気さで縁取られている筈の瞳はしかし、隠し切れない探究心を宿している。
 見目形が幼くとも、彼も立派な名探偵だ。


「探偵……? あんた探偵なのか?!」

「ええ、一応私立探偵をやっております。
ところで、先程横を通ったときに画面が少しだけ見えてしまったのですが、もしかして添付された動画は東都音楽大学の構内では?」


 そう、まずいことに爆弾が仕掛けられているのは自身の婚約者が在学中の大学である可能性が高かった。まずもって先程から多種多様の楽器のケースを携えているこの集団の一人に届けられたメールである。先程からの会話で察するに、彼らは彼女のOBにあたると見て間違いない。


「な、何で分かるんだ!?」

「知人の母校でして。構内で撮った写真を何度か目にしたことがあるのですが、建物の造りが良く似ています。
恐らく特徴として捉えられる部分を敢えて映しているのでしょう、この大学の内部を知っている人間ならば誰でも特定出来るように」


 以前彼女がストーカーから大量に送り付けられてきた隠し撮り写真のほとんどは構内で撮られたものだったのだ。建物の構造などは見飽きてしまっている程だった。
 チラリと伺った少年の顔は真剣そのもので特に反応を示している様子はない。恐らく既に知人というのが彼女のことであると当たりを付けているのだろう。
 まさかこんな所で余計な情報を露見させる羽目になるとは思わなかった。
 しかし、後々のことを考えれば今隠し立てしても意味はない。思考を切り替えて少年が次に口に出す言葉を待つ。


「誘き寄せている、ってわけだね」

「恐らくはね。
あの木馬の玩具もそれを示唆しているというわけだ。随分舐められたものですね」


 まあこの場合舐められているのは自分達ではないのかもしれないが。それでも探偵としての自尊心を煽るのには十分だろう。
 特に、彼にとっては。
 身の回りで起きる事件の全てを解き明かさずにはいられない小さな名探偵がひっそりと口角を上げたのを確かに視界に入れて、こんな事態だというのに、笑みを噛み殺し切れない自分がいた。





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