◆◇ 三
「けれど、毒は撒かれてはいません。
そうでしょう?」
鈴の音のような声が部屋を転がった。
ピタリ。伸ばしていた腕を下ろした男が長い長い息を落とす。
「ここには来てはいけないと、そう伝えた筈ですが? 千歳さん」
「ええ、でも分かりました、とも言っていなかったので」
「本当に、頑固な人ですねえ、貴方は」
呆れを滲ませるその人からはもう組織の気配は掻き消えていた。
戸惑いながらもいつの間にやらピアノの前から姿を消してこの部屋に現れた篠宮に目をやると、向こうも視線に気付いたのか、にこりと笑んで「こんにちは、コナンくん」なんて暢気に挨拶までかましてきた。
どう考えても今はそれどころじゃない。
「千歳お姉さん、何でここに?」
「このお兄さんが忘れられていたから回収しておいた方が良いかと思って」
酷い言われようで示された先には、何だかんだと先程の部屋に腰を抜かした状態で放置してきた犯人の恋人である筈の男が、青い顔をして立っていた。
「それはこの部屋に現れた直接的な理由になりはしないと思いますが」
「ええ、でもこの方がいないとわたしの話も進みませんし」
どこか棘のある言い方をする安室など何処吹く風と言わんばかりにさらりと笑顔でいなし、カツカツとローヒールのパンプスを響かせて自身を殺すことさえ計画していた犯人である女の前に立つと、──徐に頭を下、げた?
「ごめんなさい」
「な、」
「ごめんなさい。あの日、貴方への返事を返していないままでしたね。
貴方の気持ちを、考えもせずに」
「待って……待って、何で、今、そんなこと言うの……」
「携帯を、見ました」
ハンカチにくるまれて取り出されたそれを見て強く動揺を示したのは犯人の女よりもむしろ、その恋人の男だった。
それもその筈、先程部屋の床に転がすまで男が大事に握り締めていた携帯、それも連絡が来た時すぐに対応出来るようにロックを外してある物を、篠宮は所持していたのだ。
まるで証拠物品みたいに、丁寧に。
prev|nextBACK